三重大学 教養教育機構 機構長だより

悔い改めよ!

 500年前の1031日、ドイツのひとりの修道士が、当時教会が売りさばいていた贖宥状(しょくゆうじょう;いわゆる「免罪符」)に疑問をいだき、ヴィッテンベルクの教会の扉に「95か条の提題」を打ち付けました。これをきっかけとしてヨーロッパ中に宗教改革の波が広がっていきます。マルティン・ルターです。

 私もかつてその教会を訪れたことがあります(写真)。ルターがハンマーをもって紙を打ち付けている姿を想像して、胸が高鳴りました。最高権力に立ち向かって、「おまえこそ悔い改めよ!」と言っているようなもので、そのハンマーの音が町中に鳴り響いたことでしょう。(私もできることなら某省の扉に抗議文を打ち付けてみたい。)しかし、深井知朗『プロテスタンティズム―宗教改革から現代政治まで―』(中公新書)によると、実際に打ち付けたかどうかは疑わしいようで、地区の大司教やその他の人に手紙で送ったということのようです。かなり地味ですが、でもそのおかげで、それが当時発明されたグーテンベルクの印刷術によりあちこちで印刷され、驚くほどの速さで広がって行ったのだそうです。今のインターネットのような感じだったのでしょう。

 ルターがやったことはそれだけではありません。当時聖書はラテン語のものが使われ、ドイツの民衆は自分でそれを読むことはできず、つまり、聖職者の言うことをそのまま信じるしかなかったのです。その結果、お金を払って贖宥状を買い求め、天国行のチケットを手に入れた、と思い込まされていたのです。そこでルターはだれでも読めるように聖書のドイツ語訳を作ります。これがまた印刷術によって広まります。今で言う「情報公開」でしょうか。

 聖書が自分で読めるということはどういうことでしょうか。それまでは聖職者が勝手な解釈をして、こうだ、ということを信じるしかありませんでした。でも、自分で読めるということは自分で解釈できるということです。聖書というのは特別な本ではありますが、そもそも本というのは考える時間を与えてくれるものだと思います。会話では発信者が目の前にいます。ネットでもそれに近いものがあります。しかし、本は発信者と時間的、空間的隔たりがあるからこそある程度冷静に対応できるのではないでしょうか。

 ドイツには現在でもさまざまな方言があります。当時は標準ドイツ語というものはありませんでした。ルターはなるべく多くの人が聖書を読めるようにと共通のドイツ語を使うよう心掛けました。それが標準ドイツ語の基礎となったと言われています。そのおかげで私たちはドイツ中で通用するドイツ語を勉強でき、また、本も読めるわけです。その意味でルターは民衆に「読む」ということ、「考える」ということを与えてくれたと言えるのではないでしょうか。

 いつもここで紹介する教養ワークショップの授業ではひとりひとりが新書を選び出して読み始めています。読んだ部分をグループで毎週報告します。報告することによって、より客観的に見ることができるでしょうし、また、他の人の意見を聞いて、新たな発見にもなるでしょう。

 先回書いたように教養ワークショップは「評判の悪い授業」です。でも私たちはこれを大きな「授業改革」だと思っています。まだ改良すべきところもあるでしょう。こうしたらどうかという積極的な提案があれば検討していきたいと思っています。ただし、機構長室の扉に意見書を打ち付けるのだけは勘弁してください。

評判の悪い授業

 この「機構長だより」を始めて2年半くらいになります。近頃、「読んでます」とか「楽しみにしてます」というおことばをいただくことが多くなりました。涙が出るほどうれしく、ありがたいことなのですが、そんだけ期待されてもなあ、もう書くネタないなあと密かに悩んでいます。さらに悪いことに、前回の「バベルの塔」の評判が思いのほかよくて、自分でハードルを上げてしまいました。

 一方、教養教育には「評判の悪い」というべき授業があります。後期の授業、教養ワークショップでとっているアンケートで、昨年、ずばり「この授業の評判はあまりよくないです」で始まるものがありました。先輩などからも「めんどくさい」と言われているようです。さすがにがっくりします。私たちはよりよい授業をしようと何度も話し合いや研修会を行っており、先日も教養ワークショップでやるビブリオバトルを教員自身が体験しました(写真)。

 しかし、そう思っているのはこの学生だけではないようです。本学では前期と後期の終わりに授業改善アンケートを実施していて、その最初の質問は「この授業に満足しましたか」です。教養教育の中でこの満足度が最も低いのが、前期が「スタートアップセミナー」で、後期が「教養ワークショップ」です。これらの共通点は、必修でクラス分けがあり(つまり自分で選べない)、グループ活動があり、授業外の学習や活動が前提とされるということでしょう。

 スタートアップセミナーはグループで課題を発見し、情報を収集し、議論し、その成果を発表するものです。これらを授業内で全て行うことはできません。また、教養ワークショップは新書(論説文)を読んで、グループで議論し、各人が書評にまとめます。本を読んだり、要約をしたり、書評を書いたりはそれぞれが授業外で行うことになります。アンケートには授業外にどれだけ時間をかけたかという質問もあります。これら科目の授業外学習時間は他の科目に比べ圧倒的に多いのです。確かにめんどくさそうです。

 人文系の学生は別にしても、一般に今の学生はそもそも本を読むのが嫌いか、苦手なようです。そんな学生にはとっては「魔の教養ワークショップ」が間もなく始まることになります。どう対応したらよいのか、先日救いを求めて、よく売れているという丹羽宇一郎『死ぬほど読書』(幻冬舎)という本を読んでみました。「人が生きていく上で大事なのは、仕事と読書と人間関係と、そこからくる人間への理解である」とおっしゃっています。さすが伊藤忠の社長から中国大使までされた方のおことばは説得力がちがいます。ただ、私などが同じことを言っても今時の学生には響きそうもありません。

 でも別の救いもあります。三重大学は教育方針として、4つの力(感じる力、考える力、コミュニケーション力、生きる力)の育成を掲げています。授業改善アンケートではこれらの修得を自分でどう評価するかも問います。「この授業は『コミュニケーション力』を身につけるのに、役立ったと思う」については、スタートアップセミナーが前期教養教育で最も高い数値を示しています。「この授業は『考える力』を身につけるのに、役立ったと思う」については、後期、教養ワークショップがトップです。学生たちは不満をかかえながらもその効果を認めざるをえないようです(と言いたい)。

 ところで、上であげた「評判はあまりよくないです」と書いた学生ですが、そもそも読書が大嫌いで「本をまったく読まない」のだそうです。それを無理やり読まされるのですから、期待して来るわけがありません。それでもがんばって一冊読み切り、他の人に書評を批評してもらい、書評がよくなっていくことをだんだんに実感したようです。最後の締めくくりのことばは「この授業、とても楽しかったです」でした。丹羽さんには申し訳ないのですが、この学生の文章の方が私の心に響いたのでした。

バベルの塔

 先日、ブリューゲルの「バベルの塔」の美術展に行ってきました。ブリューゲルは16世紀のオランダの画家ですが、「バベルの塔」というのは旧約聖書の創世記に出てくる話です。

 そのころ、すべての人が同じ言語を話していました。のちに「バベル」と呼ばれることになるこの地の人々は天まで届く塔を造ろうとしました。それを見た神様は、人々が互いに理解できなくなって、仕事が進まなくなるよう言葉を違えてしまったというのです。それで現在世界にはさまざまな言語があるというわけです。バベルの人たちが変な気を起こさなければ私たちは今頃外国語で苦労することもなかったのかもしれません。

 神様が言葉を異なるものにしたという場合、それは「ツリー(tree)」を「キ(木)」にしたというように、単に音を変えたということではありません。なぜならtreeの指す範囲は「木」の指す範囲とは異なるからです。「この机は『木』でできている」というときにはtreeは使わず、woodを使います。あるいは、中学校でbrotherという語を習ったときに、それは「兄」でもあり「弟」でもあることに違和感を覚えたことでもわかります。つまり、言語が異なるということは、単に音が異なるだけではなく、現実世界の切り取り方、見方が異なるということです。だから、お互い理解するのがより困難になるのです。

 本学の教養教育の理念のひとつに「グローバル化に対応できる人材の育成」ということがあります。これは単に英語ができるということではなく、世界にはいろいろな文化や考え方があることを理解するということです。もちろん大学ですべてを学ぶことはできませんが、いろいろな文化や考え方があることを知り、将来、知らない文化や考え方に接したときにも対応できるようになってほしいと思います。専門教育が狭い範囲で高みを目指すとしたら、教養教育は裾野を広げることでしょう。

 教養教育では哲学、歴史、文学、社会学、法学、経済学、地理学、心理学、数学などの「教養統合科目」が250以上開講されています。本学ではこれらを理念に沿って「地域理解・日本理解」「国際理解・現代社会理解」「現代科学理解」という3つの領域に分類しています。その気になればその道の専門家からいくらでも多様なことを学ぶことができるのです。

 その一端を市民の方にも味わっていただこうと、今年も「バラエティとインテリジェンスに富んだ」公開講座を開講することにしました。詳しくは次をご覧ください。

 http://www.ars.mie-u.ac.jp/event/class/2017-2.html

 ブリューゲルの絵は思ったよりも小さなものでした。しかし、その中にはこまごまといろいろな人物が描いてあります。一説によると千数百人いるそうです。斜め上空から描いているので、まるで神様が望遠鏡で眺めているような感じです。ひょっとすると、ブリューゲルはあえて小さな絵にして、人間もちっぽけに描いたのかもしれません。言葉を通じなくしてしまったのも人間にとってはたいへんなことではあるけど、神様にとってはちょっとしたいたずらだったのかもしれません。ドイツ語にüber den Tellerrand hinausschauen(皿の縁を越えて眺める)という表現があります。「(自分の文化や領域を超えて)開かれた目を持つ」というような意味のようですが、人間はせいぜい皿の中にいて外を眺めているくらいの存在ということでしょうか。

 それでもブリューゲルの描くバベルの塔自体はすばらしく、実際にあるのなら登ってみたくなります。でも神様のいたずらがなくてもこの塔はいつかは限界に達したことでしょう。もっと裾野を広げておくべきだったのではないでしょうか。

役に立たない授業

 1年前相模原市の障害者施設で悲惨な事件が起きました。犯人は「障害者は生きていても無駄」などと述べていたと伝えられています。この犯人はヒトラーの影響を受けたとも言われています。

 今年、私は異文化理解(ドイツ語)2年生の授業で、ホロコーストに関する文章を読みました。強制収容所に入れられながらもかろうじて生き延びたユダヤ人画家Yehuda Baconのインタビューをまとめたものです(Tim Pröse: Jahrhundertzeugen. Die Botschaft der letzten Helden gegen Hitler. München. 2016)Baconは煙突から煙が立ち上る様子を絵にし、その中に父親の顔を描いています。彼は父親の亡くなった正確な時刻を知っているそうです。それは直前まで父親と一緒にいて、父親はガス室へと振り分けられたからです。

 授業ではNHKのドキュメンタリー「それはホロコーストの"リハーサル"だった~障害者虐殺70年目の真実~」の一部も見てもらいました。ナチス・ドイツは600万人以上のユダヤ人を虐殺したとされていますが、その前に30万人の精神や知的に障害のあるドイツ人たちを殺害していたとのことです。当時のナチスのプロパガンダ映画も挿入されていますが、このような者たちのために莫大な予算を使っている、それがあれば健常者の家がどれだけ建てられるのか、というようなナレーションも流れます。利益をもたらさないもの、つまり、役に立たないものを生かしておくのは無駄だ、という発想だったのでしょう。今の社会自体が目先の利益だけに目を奪われており、すぐに「役立たないもの」は廃止して、「役立つもの」に転換せよと言っているような気がします。残念ながら大学もその例外ではありません。

 そもそも「役に立つ」ということはどういうことでしょうか。「役に立つ」という場合、通常「何かの目的のために」または「だれかの利益ために」のような前提で言われていると思います。しばしばそれはそれを言う人の主観的価値判断、あるいはその時代の一時的な価値判断でしかありません。当時のナチスの政策はドイツの発展のために「役立つ」と思われたのでしょうが、今振り返れば、それは「役に立つ」どころか人類にとって大きな不幸になっただけでした。それは同じ時代の日本の政策もそうだったでしょうし、今でも核とミサイルの開発が「役に立つ」と思っている国があります。

 ここで前にも紹介した『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎・古賀史健著 ダイアモンド社)で、哲人が「誰かの役に立ててこそ、自らの価値を実感できる」と言ったことに対して、青年が「生まれて間もない赤ん坊、そして寝たきりになった老人や病人たちは、生きる価値がないことになってしまう」と反論します。哲人は「『ここに存在している』と言うだけで、すでに他者の役に立っているのだし、価値がある」のだと答えます。確かに、年老いた夫が妻の介護をしている時、妻は社会にとって何の役にも立っていないかもしれませんが、ひょっとするとそれは夫の生きる力になっているかもしれません。あるいは、生まれたばかりの赤ちゃんはいるだけで周りの人を笑顔にしてくれます。

 教養教育の授業の多くは役に立たないように見えるかもしれません。私は授業に役に立つ、役に立たないという区別はないと思っています。少なくともそれはそう簡単に判断できないことでしょう。もちろんすべての授業に改善の余地がないとは言えませんが、授業の価値はすぐに役立つかどうかではなく、どれだけのものが受けとめてもらえたかでしょう。それをどう役立てていくのか、それは授業を受けた側の課題だと思います。なお、私の授業では最後のアンケートで約7割の人がホロコーストに関心を持つことができたと答えました。私の授業はまだまだだったようですが、たとえ役に立たないと言われてもやり続けないとと思います。

沈黙のコミュニケーション

 先回は、コミュニケーションが苦手な学生に関するシンポジウムに出席した後、永平寺を訪れた話をしましたが、永平寺に着いたところで終わってしまっていました。

 永平寺の門前はお蕎麦屋さんやおみやげ屋さんで賑わっていましたが、境内に入るとそこには緊張した静けさが漂っていました。お堂の間は廊下で繋がっていて、参拝者はそれらの中を歩いて巡ることができます。参拝者は最初の説明で、廊下は左側通行だと注意を受けます。なるほど途中で何度も急ぎ足の僧の方とすれ違いました。廊下には散り一つ落ちていません。庭でも「雲水」と呼ばれる若い修行僧たちが黙々と草取りや掃除などをしていました。食事のときも一切私語は厳禁だそうです。

 沈黙の行を続ける雲水さんたちの横ではグループで来た観光客たちがわいわいと騒いでいます。厳しい修行をしているのにむっと来ることはないのだろうかと気の毒に思いました。私などは煩悩の塊なので、きれいな女性の参拝者が通ると心も乱れるのではないかと、不謹慎なことを思ったりもしました。

 私はふと昔読んだ遠藤周作の「沈黙」という小説を思い出しました。江戸時代、鎖国でキリスト教が禁止されている日本にポルトガルから理想に燃えた宣教師ロドリゴがやってきます。彼は信仰を捨てたと伝えられる自分の師を許すことができません。しかし、現地では、拷問に苦しむ信者たちを前に、彼は神に救いを求めますが、神は沈黙を守ります。「主よ、あなたは何故、黙っておられるのです。あなたは何故いつも黙っておられるのですか。」そして、彼は苦しむ信者を見ることに耐えられず、自ら踏み絵に足をかけるのです。その時彼には聞こえます。「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ。」

 私はここを読み返すたびにこみ上げるものがあるのですが、考えると、ロドリゴはそれまで神の存在を疑うことさえしなかったのでしょう。それは現実から離れた教会という恵まれた世界でのことでした。遠く離れた異国の過酷な現実の中で彼は初めて神に向き合い、その中で彼は初めて神の声を聞くのです。これは信仰心の薄い人間の言うことにすぎないのかもしれませんが、そこで彼は初めて本当の信仰を知ったような気もするのです。他人を平気で傷つける狂信的な信仰は「妄信」としか言えないでしょう。

 教養教育では1年次前期はスタートアップセミナーを受講します。4、5人のグループで課題を発見し、その解決法を探ります。先日、その授業の見学に行ってきました。その回は「クリティカル・シンキング」の授業でした。自分たちの検討している解決法が本当に適切なものかどうか自ら批判的に見てみようというものです。最初に教員が提示した全員共通の課題にはみんな適切な批判を加えていましたが、いざ自分たちの解決法に向き合うと、どう見直してよいものやら戸惑っているようでした。

 自分を振り返らない人はいないと思いますが、人間は厳しい場面に直面した時に、本当の意味で自らに問いかけることを迫られるのかもしれません。永平寺の雲水さんたちも厳しい修行の中で仏と自らに問いかけているような気がします。永平寺があえてそこに参拝者を入れているのも、世間から乖離することなく自分を見つめるためなのかと勝手に思いました。修行を終えたあとはそれぞれのお寺で檀家の人たちを相手にすることになるのでしょうが、ここでのそんな修行が自信となるのでしょう。

 真のコミュニケーション力というのは、口先だけの会話ではなく、真に自分と向き合ってこそ生まれるものだろうと思います。会議で日ごろ無口な人がある重要な局面で一言口に出しただけで、解決に向かうというようなことがあれば、それは究極のコミュニケーション力と言えそうな気がします。私のあこがれです。

寄り道、回り道

 授業が始まって2か月が過ぎようとしています。教養教育前期はスタートアップセミナーが必修で、そこではグループワークが行われています。それが楽しいという人もいるでしょうし、いやだ、苦手だ、という人もきっといることでしょう。

 先日、教養教育の責任者が集まって「国立大学教養教育実施組織会議」が富山で開催されました。全体会議のテーマが「コミュニケーションを苦手とする学生への修学指導と成績評価」でした。本学にも報告が求められたので、心理学が専門の瀬戸美奈子先生に発表をお願いしました。今は全国的に「アクティブ・ラーニング」が推進されていますが、その有力な手法のひとつがグループワークです。確かに教師の話を聞いているだけでは受動的になってしまいますが、少人数のグループなら何らかの形で常に関わらざるを得ません。しかし、中にはあまりグループワークが得意でなかったり、場合によっては、まったくできないという人もいます。ここだけの話ですが、私もどちらかというと自分で勝手に勉強したい方です。

 ところが、社会はコミュニケーション能力を求めていますし、本学でも教育方針の「4つの力」の育成の中に「コミュニケーション力」が入っています。必ずしも入試で測定するわけではないので、コミュニケーションが苦手な学生がいるのは当然ですが、一方で、授業の到達目標はさだめられており、評価もそれに沿って行うことが求められますから、途中でどうサポートしていくかが課題です。その他のことでも他の人と同じようにできないことがあって悩んでいる人もいることでしょう。

 他の学生と同じことはできなくても、教師や他の学生がちょっと手伝うだけで一緒に活動できる場合もありますし、グループ活動にはコミュニケーションが苦手でもできる仕事があります。悩んでいる人は担当教員に相談してみてはどうでしょうか。

 さて、その富山からの帰り、福井で下車して、一度立ち寄りたかった永平寺に行ってきました。ふつう私はきちんと時刻を調べていく方なのですが、この日はなぜか行き当たりばったりで電車に乗ってしまいました。えちぜん鉄道で永平寺口まで行ったら、次のバスまで30分以上待たなければなりませんでした。歩いて1時間ということだったので、歩いてみることにしましたが、そんなもの好きな人は他にいないようです。地図もなく、方角もいささか怪しかったので、ちょっとだけ不安でした。

 でも昔からのものと思われるその道は山と小川の間を通り、途中にはいくつかの集落もあって、のどかでとても素敵な道でした。春のエゴノキと夏のウツギ(卯の花)の白い花が同時に咲いていました。かわいい野草があったので写真に撮ったり(写真:ミズタビラコ)、ウグイスが珍しく姿を見せていたので耳を傾けたりしていました。途中時々この道合ってるのかなと不安になることもありましたが、とても楽しい道だったので、最後には永平寺に着くかどうかはどうでもよくなっていました。

 ふと伊勢神宮や金刀比羅宮、延暦寺などはそのための鉄道が割と近く延びているのになぜ永平寺にはないのだろうと思いました。そうしたら、土手の上に自転車道があるのに気づき、それを辿って行ったらかつての線路跡であることがわかりました。やっぱりあったんだ。なぜ廃止に追い込まれたのかはわかりませんが、やはりここでも参拝が鉄道が延びる一つの要因だったのですね。

 途中は静かな山里でしたが、門前まで行くとたくさんの車やバスが止まっていて賑わっていました。気づくと駅を出て2時間近くたっていました。着くのは遅れたけどこの人たちが知らない素晴らしい時間を過ごせたんだと、ひとり得意になっていました。

 他の人とは違う道をひとり行くことは不安を伴いますし、勇気も必要です。でもそれは他の人が知らない世界を知ることでもあります。私が歩いた道ではところどころにお地蔵さんや観音さんがいて、この道でいいんだよ、ゆっくり行きなさいと言ってくれているようでした。私もそんなお地蔵さんのようでありたいと思っています。

命を懸けて授業をする

出張で大津に宿泊したので、石山寺に参拝してきました。ここには紫式部が籠って源氏物語を書いたとされる部屋があります。1000年も前の話ですから、文字というのは時間も空間も超えるとあらためて認識しました。紫式部もこんな梅を見ていたのでしょうか。

文学ではないのですが、教養ワークショップでは1300名の学生が新書を読んで書評を仕上げました。この授業は決まったスケジュールで決まった内容で進められます。多くの教員が担当するためにそのようにしているのですが、今回、学生たちの感想を見ていると、「○○先生の授業でよかった」「○○先生の授業はわかりやすかった」など名指しのものがかなりありました。決まった内容でもそれぞれの教員が自分なりに工夫を凝らして授業をしているのがわかります。建前から行くと均等の授業をすべきなのですが、そこは教員も人間ですから、どうしても個性が出ます。そして、真剣に取り組んでいるかどうかは学生もきちんと見ているということでしょう。

話が少し飛びますが、先日新聞の投書に、定年退職された方が大学に入り直したという話があり、授業1コマ分の単価がどのくらいかを計算した、これに見合うだけの授業内容かどうかはわからないが、寝ている学生はもったいないと書かれてありました。その方の示されている金額はちょっと高すぎかなと思ったのですが、それはともかく、私たちはその金額に見合う授業ができているのでしょうか。

さらに話が飛びますが、出張の会議が終わり、やれやれと思ってひとりでビアホールに入り、ソーセージをつまみにビールを飲みながら、本を読んでいたときのことです。隣のテーブルに年配の男性と若い男性がやってきて話を始めました。よくありがちなのですが、年配者の方はやや大声で自慢げに昔話をしていました。私は静かに至福のときを過ごしたかったので、その年配者の話し方はあまり快くはありませんでした。聞かないようにしようと思っていましたが、年配者の学生時代の話が耳に入ってきました。どうやら塾で働いて学費を支払っていたようです。

ある日、教授が授業をしているとヘルメット姿の学生たちが入ってきて、教授を押しのけ、教授の書いた板書を消して、演説を始めたというのです。私の頃は学生運動はもう下火になっていて、それほどでもなかったのですが、時には似たようなことがありました。「教授は自分がせっかく書いた板書を消されたというのに、隅でかしこまっているんだよ」とその人は憤りを込めて言いました。その人は「殴られるのを覚悟で」ヘルメットの学生たちに向かって「自分は授業を受けに来ているんだ、出て行ってくれ」と言ったそうです。

結局、ヘルメットの学生たちには歯が立たなかったようですが、それで教授への信頼がなくなったと言っていました。むしろ私が殴られたようなショックを受けて、もう本など読んでいる場合ではありません。確かに、お金をとって人を集めて、しかも自分の生涯をかけてやって来たはずの研究に基づいて授業しているわけですから、私たちはそう簡単に授業を明け渡せるはずがないのです。少々大げさですが、私たちは本来命を懸けて授業をすべきなのではないか、少なくともそういう姿勢でこそ伝わるものがあるのではないか、と思いました。とりあえずはビールのお代わりをして自分自身を反省してみることにしました。

犯罪の心理と学生の心理

 後期の授業も終わりました。新書を読んで書評を書く「教養ワークショップ」も2年目を終了しました。これまでいっしょにこの授業を作り上げてきた教員の何人かがこの3月で別の大学に移ることになっています。そのうちのひとりは異動先の大学の新入生ゼミでも同じようなことをやりたいと言っています。さらには、別の学部の教員もこの授業のようなことをやりたいので詳しく教えてほしいと言ってきました。そうやって、この授業の種があちこちに散らばって、それぞれの風土に合った芽を出して育っていけばすばらしいと思います。

 さて、まだ全体の集計はできていないのですが、私のクラスでは各グループで選ばれた新書は次のようなものでした。

 養老孟司『いちばん大事なこと―養老教授の環境論』集英社

 四方田犬彦『テロルと映画―スペクタクルとしての暴力』中央公論社

 原田隆之『入門 犯罪心理学』筑摩書房

 鈴木孝夫『日本人はなぜ英語ができないか』岩波書店

 山本太郎『感染症と文明―共生への道』岩波書店


 それぞれグループで真剣に議論を重ね、最後には各々が書評を仕上げました。最初は、中学生の感想文か!と心配していましたが、ところが、最後はどれも書評として十分通用するものになっていました。学生たちは時折豹変します。

 グループで上の本を読んできたわけですが、最後の授業では、それぞれのグループからひとりずつ出てきて新たに5つのグループを作り、そこでそれぞれの本を紹介するビブリオバトル(http://www.bibliobattle.jp/)をやってもらいました。一部欠けるところ、重なるところも出ましたが、基本的に新グループには上のそれぞれの本が含まれています

 そして、各新グループで最も読みたい本「チャンプ本」が選ばれたので、「チャンプ本」が集まってみんなの前で「グランドチャンプ本」を決めることにしました。ここで予想外のことが起こりました。なんと4グループで『入門犯罪心理学』が選ばれてしまったのです。それほど犯罪心理に興味があるのか、それとも、この本が魅力的だったのか、あるいは、この本を選んだグループが特に優れていたのか。ちなみに、もうひとつ選ばれたのは『日本人はなぜ英語ができないか』ですが、実はこれが選ばれたグループには『入門犯罪心理学』の学生が欠席でいなかったのです。

 確かに、犯罪心理学グループはリーダーがしっかりリーダーシップを発揮し、メンバーもきちんと議論をしているように見えました。また、あとで完成した書評を見てみると、どれも完成度の高いものでした。グループでお互いを高め合った結果と言っていいのではないでしょうか。

 一瞬迷いましたが、まあ、やってみようよ、とグランドチャンピオン戦をやりました。全員による最終投票は周りに引きずられないようにクリッカー(http://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/post_18.htmlを参照)を使いました。そうしたら、なんと『日本人はなぜ英語ができないか』がちょうど半数の票を獲得して「グランドチャンプ本」に選ばれたのです。総数としては同数なのでふたつの本が選ばれたとも言えます

 それにしても、『日本人は...』が本当に読みたくなったのか、それとも、同じ内容を4回も聞いて飽きたのか、あるいは、単に票が割れただけなのか。ひょっとしたらそこに何か気遣いのようなものがあったのかもしれません。学生たちの心理もまたわからないところがあります。

引っ張る力

 1114日から18日にかけて教養教育機構としては初めて市民向けの公開講座を開講しました。私は最初に「異文化体験―はじめてのドイツ語―」として、実際とほぼ同じ内容の授業を体験いただき、よろしければ来年度、市民開放授業(市民の方のために通常の授業を開放しているもの)にご参加くださいと申し上げました。その後、若い教員たちが日替わりで「STAP問題とは何だったのか」「オセアニアの島のくらしと教育」「戦後日本外交と高碕達之介」「音と意味をつなげる力」「カモノハシと学ぶ哺乳類の進化と自然保護」というテーマで授業を行いました。私も受講しましたが、どの内容も方法も最後まで受講者を引きつけて離さないものでした。教師なら当たり前でしょ、と言われるかもしれませんが、私は毎月教養教育機構として取り組んできた研修会や授業参観、そして本人たちの努力と情熱の賜物だと思っています。延べ100名近くの方にご参加いただきましたが、その反応も上々で、すでに来年度の問い合わせをする方もあったほどです。

 さて、ここで何度も紹介していますが、現在1年生たちは「教養ワークショップ」という授業を受けています。論説文の新書を読んで2000字の書評を書くのですが、1300名の学生がそれぞれの書評に向けて奮闘中です。ただ、読んでいてつまらないなあと思ってしまう要約があります。感想文との違いは、書評は読者を想定して書くということでしょう。メールやSNSでは短い文を投げかけてすぐに相手の反応を見ることができます。若い人たちは相手の反応に私たちよりはるかに敏感ですが、相手を想定して短い文を書くことはあっても、まとまった文章を書く機会はなかなかないようです。

 考えてみると、少し前まで直接または電話で話せない場合には手紙を書くしかありませんでした。たとえ葉書でも一行というわけにはいかず、まとまったことを書く必要がありました。相手の反応が返ってくるのは早くて数日後、海外なら数週間ということもあったでしょう。相手がどういう想いでその文章を読むかを想像しながら書くしかなかったのです。ラブレターなんかいつ丸めて捨てられるかわかりませんから、とにかく最後まで読ませること、つまり、相手を最後まで引きつけることが必要だったのです。

 ドイツ語にAnziehungskraft(アンチーウングス・クラフト)という語があります。「魅力」という意味ですが、「引力」という意味もあり、まさに「引きつける力」です。それはある程度の長さの文章では読者を最後まで「引っ張る力」ということになるでしょう。つまり、見えない読者の視点で文章を練りながら読者を最後まで連れていかなければなりません。それが文章の「魅力」となります。

 12月26日には桜美林大学の井下千以子先生をお招きして「国内外のライティング教育の現状―アクティブラーニングによる指導の効用と課題―」というテーマで研修会を行いました。井下先生は、「知識や情報を、自分で考えて組み立て直す」こと、つまり、「知識の再構造化」が必要だと言われました。これを聞いて、学生たちは本を忠実に再現しようとするあまり内容が自分のものになっていないのではないか、つまり、真に自分に「引きつけて」いないのではないか、と思いました。

ここまで読んでいただきありがとうございます。私の文章にも少しは「引っ張る力」があったでしょうか。たとえそうでも、私がラブレターで文章力を鍛えたというわけでは決してありません、念のため。

越えられない壁

27年前の1989119日は東西ベルリンを隔てていた壁が開放された日です。

三重大学の教養教育では、グローバル化に対応できる人材の育成をめざして、「異文化理解」という科目が必修になっています。これは外国語を学びながら、その地域の文化や社会、歴史を理解することを目標としています。私の授業では、毎週ドイツの映画を見てドイツの生活や文化を知ってもらうようにしています。今年の後期、少し悩んだのですが、Good Bye Lenin!という映画を見ることにしました。ベルリンの壁が崩壊し、東ドイツが消滅していく過程をある家族の生活を通して描きます。コメディタッチなので十分楽しめるはずとは思ったのですが、1年生が、しかも理系の学生が興味をもってくれるかどうかちょっと心配でした。

Die Todesopfer an der Berliner Mauer 1961-1989(Ch. Links Verlag,2009)という本があります。これにはベルリンの壁を越えようとして亡くなった136名の人生とそうせざるをえなかった事情が詳しく記録されています。先日の授業ではこの中から2名について紹介をしました。ひとりはGünter Litfinという最初に壁で射殺された男性です。ベルリンの壁が作られたのが1961813日で亡くなったのが24日です。24歳でした。このあと28年間ベルリンの真ん中に壁が存在し続けます。もうひとりは、Chris Gueffroyという男性で、19892月に壁を越えようとして射殺されました。20歳でした。壁が崩壊する9か月前で、やり切れない思いがしますが、当時はだれひとり壁の崩壊など予想していませんでした。

本人たちの写真を見せながら、彼らがなぜ壁を越えようとしたのかを紹介すると、学生たちは真剣なまなざしで聞いてくれました。私たちの近くにはいまだに似たような状況の国が存在しています。壁の中に閉じ込められた人々の心情を思うと同時に、自分たちの今の自由を守るためにはどうすべきかを考えてくれればと思うのです。

なお、ベルリンの壁を壊したのは軍隊ではありません。市民の自由を求める声を政府が抑えきれなくなった結果、ひとりの犠牲者も出さずに壁は崩壊しました。現在、残された壁の一部に絵が描かれ、屋外ギャラリーになっているところがあります。最も有名な絵のひとつにBirgit Kinderという女性が描いたものがあります。それは、東ドイツのTrabantという大衆車が壁をつきやぶっている絵です(写真)。Trabantというのは段ボールでできていると揶揄されたほど頼りないボディの車ですが(実際はプラスチックの一種だそうです)、無傷で壁をつきやぶっています。それがドイツ人の誇りなのだろうと思います。ドイツはこれにより到底乗り越えられそうになかった歴史的に大きな壁を乗り越えたのです。

人生に壁はつきものですが、決して若者にこんな壁を乗り越えさせてはならないのです。