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    <title>三重大学 教養教育機構 機構長だより</title>
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    <title>シェフィールドにて⑤：ストライキ、そして最後に</title>
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    <published>2018-03-30T08:53:39Z</published>
    <updated>2019-12-25T07:55:24Z</updated>

    <summary> 　今回学生をシェフィールドの短期海外研修に送り出すに当たって少々心配がありまし...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/Sheffield5.jpg"><img width="200" height="134" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2018/04/Sheffield5-thumb-200xauto-26056.jpg" /></a></p>
<p>　今回学生をシェフィールドの短期海外研修に送り出すに当たって少々心配がありました。それはイギリスの国立大学の教員がストライキに入るというニュースが入ってきたからです。<br /><br />　日本ではほとんど報道されていませんので、<span lang="EN-US">BBC</span>のニュースを見てみました。オックスフォードやケンブリッジを含む<span lang="EN-US">50</span>以上の大学でストライキを始めるとのことで、シェフィールド大学からの連絡でも、参加する教員がいると授業に影響があるだろうとのことでした。問題となっているのは年金の切り下げで、教員組合によると、平均的な教員で年間１万ポンド（約<span lang="EN-US">150</span>万円）切り下げられるとのことです。日本と同様にイギリスも年金で大幅な赤字を抱えているようです。学生たちも高い授業料を払っているらしく、授業がなくなるのならその分返金せよと言っているそうです。<br /><br />　実際シェフィールド大学に行って見るとイギリスの学生たちはふつうに大学に出てきているように見えましたが、教員らしき人が数名立て看板の周りに集まっている姿も見受けられました。私たちの学生の研修先の英語教育センターでも休講になった授業がいくつかあったようです。休講になったクラスの学生からは不満の声も聞かれました。それはもっともなことですが、せっかくの機会ですから、なぜストライキになってしまったのか、それをイギリスの学生や市民がどう捉えているのか、など調べてみてもよかったかもしれません。それによってイギリスの経済事情や大学教員の制度や待遇を垣間見ることができたことでしょう。<br /><br />　ストライキの良し悪し、特に教員がストライキをすることについてはいろいろ問題があると思いますが、そのような動きがあまりに少ない日本はこれでいいのだろうかと思うことがあります。教員の待遇は置いておくとしても、大学が政府や文科省に言われるがままというのはどうなのでしょう。大学として国から少しでも多くお金をもらおうと思ったら国の方針に沿った事業をせざるを得ません。それは国民の税金ですから当たり前と言えば当たり前のことですが、本当にそれが国民のためになるかどうかは本来行政ではなく、大学が考えるべきことではないでしょうか。それこそが大学の使命ではないでしょうか。<br /><br />　私はこの<span lang="EN-US">14</span>年間大学の管理職とされる立場にありました。ただ、あまり管理職らしくなく、大学や学長の方針に逆らうことを言ったり、したりしてきました。それができたのは民間の管理職とは異なり、私のような部局長はその部局の教員から選ばれるからです。でも実はこれはなかなか難しい立場で、大学の運営も考えながら、部局も守らなければなりません。常にジレンマです。それは大学にとっても同じで、国の方針に逆らってお金がもらえないとするとそのしわ寄せは大学の教員や学生にやってきます。でもお金だけの問題ではないはずです。<br /><br />　これをもって３年間の「機構長だより」を終えることにします。「『機構長だより』読んでます！」とこれまで支えてくださった方々に心よりお礼申し上げます。ここで私たちの教養教育を紹介することは、私の戦いのひとつでした。現在はすぐ具体的成果を求められます。しかし、教育の成果というのはすぐに出てくるものではありません。特に教養教育となると、学生が社会に出て、それも何年かたって出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない、そんなものです。でも私たちは今やっている教養教育に絶対的な自信を持っています。そして、全力でそれに取り組んでいます。ただそんな私たちの努力さえ疎ましく思われることもあるようです。ひとりでも多くの学内外の方に私たちのカリキュラムと努力を理解していただくため、とにかく読んでいただける「機構長だより」を目指しました。管理職を離れたことでもあるし、今回ちょっとだけその本音を出してしまいました。最後まで読んでいただきありがとうございました。<br /><br />　きっとストライキを決めたイギリスの教員たちも苦渋の決断であったろうと思います。なにしろイギリスはピューリタン革命や名誉革命などを通して、市民が自らの手で民主主義を勝ち取った国です。そう簡単にお上の言いなりにはならないのでしょう。学生を巻き込んだストライキの良し悪しは別にしても、その反骨精神は羨ましくもあります。そのようなことも学ぶ教養教育であってほしいと願っています。</p>]]>
        
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    <title>シェフィールドにて④：puddingの文化</title>
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    <published>2018-03-30T07:00:23Z</published>
    <updated>2019-12-25T07:54:57Z</updated>

    <summary> 　英語も難敵でしたが、イギリスの文化もなかなか手ごわいものでした。そもそも私は...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/Sheffield4.jpg"><img width="200" height="133" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2018/04/Sheffield4-thumb-200xauto-26055.jpg" /></a></p>
<p>　英語も難敵でしたが、イギリスの文化もなかなか手ごわいものでした。そもそも私はイギリスの文化を何も知らないということを思い知らされました。<br /><br />　イギリス人は<span lang="EN-US">pudding</span>が大好きみたいで、いたるところで出て来ます。英和辞典を引いてみると「小麦粉などに牛乳・砂糖・卵などを混ぜて焼いた<span lang="EN-US">[</span>蒸した<span lang="EN-US">]</span>温かい菓子」（『ジーニアス英和辞典』小学館）と書いてあります。夕食後友人が注文した<span lang="EN-US">brandy and pistachio pudding</span>（ブランディとピスタチオのプディング）というのはパンを蒸したのに甘いソースがかかっているようなものでしたが、別の日に食べた<span lang="EN-US">Yorkshire pudding</span>（ヨークシャ地方のプディング）というのはシュークリームの皮（のおばけ）みたいなものでした。それらはまだデザートだからわかるのですが、毎回朝食に出た<span lang="EN-US">roasted beans and black pudding</span>（炒めた豆とブラックプディング）に至っては豆の姿しか見えません。<span lang="EN-US">black pudding</span>というのはソーセージのようなものらしいのですが、何回探しても、そのかけらさえもありません。<br /><br />　イギリス文学と言えば、私はディケンズの「クリスマス・キャロル」が大好きなのですが、その中で<span lang="EN-US">pudding</span>は森田草平訳（青空文庫、底本は<span lang="EN-US">1938</span>年）では「肉饅頭」として出てきます。今では<span lang="EN-US">Christmas pudding</span>で検索すると写真や作り方が簡単に出てきますが、当時は相当苦労したのでしょう。<br /><br />　クラチット夫人は這入って来た――真赧になって、が、得意気ににこにこ笑いながら<br />　――火の点いた四半パイントの半分のブランディでぽっぽと燃え立っている、そして、<br />　その頂辺には聖降誕祭の柊を突き刺して飾り立てた、斑入りの砲弾のように、いかに<br />　も硬くかつしっかりした肉饅頭を持って這入って来た。<br /><br />　正直これではあんまり食べる気がしません。私も長年外国語に携わって来たので、少しは異文化に理解があると思っていたのですが、私の知識の範囲は極めて限られたものだったことに気づきました。学生たちも３週間という短い期間なのでイギリス文化に触れるのもその一部でしかないと思いますが、自分たちとは異なった文化があり、世界は多様だと認識することが出発点だろうと思います。<br /><br />　ホテルも３日目ともなると、言われそうなことが予測できるようになって朝食もスムーズに注文できるようになったのですが、最後までイギリスの味だけには慣れませんでした。スーパーでサンドイッチを買って食べたら、日本のコンビニのサンドイッチが妙に懐かしくなりました。ただ、学生たちのブログを見るとホストファミリーの食事はおいしいと書いてあります。<br /><br />　毎朝出てくる<span lang="EN-US">roasted beans and black pudding</span>ですが、ウェイターに「黒いプリンってどこにあるの」とは最後まで聞けませんでした。</p>]]>
        
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    <title>シェフィールドにて③：タクシードライバーの英語論</title>
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    <published>2018-03-30T06:01:22Z</published>
    <updated>2019-12-25T07:54:29Z</updated>

    <summary> 　シェフィールド大学での学生の短期海外研修の視察から帰る日、ホテルにタクシーを...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/Sheffield3.jpg"><img width="200" height="164" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2018/04/Sheffield3-thumb-200xauto-26054.jpg" /></a></p>
<p>　シェフィールド大学での学生の短期海外研修の視察から帰る日、ホテルにタクシーを呼んでもらったら、その運転手がケニアから来たという人でした。<br />「あんた、中国人かい」<br />「いや、日本人だけど」<br />「そうかい、英語はできるのか」<br />「まあ、少しなら」<br />「英語は慣れだ、しゃべり続けなければいけない」<br />ことば通り、彼は渋滞した車の間を器用にかいくぐりながらしゃべり続けました。<br /><br />　実はシェフィールドに来てから英語については少々落ち込んでしまいました。まず、ホテルの朝食で<span lang="EN-US">coffee or tea</span>から聞き取れなかったのです。それは、学校で習ったアメリカ英語や<span lang="EN-US">BBC</span>の英語とはまったく異なる響きを持ったものでした。簡単な内容を何度も聞き直す自分が情けなくなりました。<br /><br />　ドイツでも方言はひどいのですが、ふつうは外国人とみると「<span lang="EN-US">Schriftdeutsch</span>（書きことばドイツ語）は疲れるなあ」と言いながら、標準語でしゃべってくれます。「書きことばドイツ語」というのは学校で学ぶ書くためのドイツ語です。ドイツは昔小国に別れていたということもあり、それぞれの国のことばが今も日常のドイツ語です。<br /><br /><span lang="EN-US">　16</span>世紀、宗教改革の一環としてルターは聖書のドイツ語訳を試みます。当時、聖書はヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語などでしか読めず、一般民衆は聖職者が言うことを信じるしかなかったのです。「改ざん」も可能だったということでしょうか。場合によっては「よく調べたら書いてありました」とか言ったのでしょうか。ルターは一般民衆が直接聖書を読めることが最も重要な宗教改革だと思ったのでしょう。ただ、ルターは多様なドイツ語に悩んだことと思います。なるべく多くの地域の人がわかるドイツ語で聖書を書いたということでそれが今の標準ドイツ語、すなわち「書きことばドイツ語」の基礎になったと言われています。多様性と共通性は相反するもので、そのバランスが難しいところです。<br /><br />　あらためて考えたら、ドイツ語も英語も元はお互い方言でした。そもそも方言と言語の境はなくて、たまたまその国のことばになった方言が言語というだけです。たとえばオランダ語は北部ドイツ語方言とたいして変わらないと言われています。英語もそれぞれの方言がそれぞれの地域の言語なのでしょう。ただ問題はその差が激しくなると通じなくなるということです。<br /><br />　それで、例のケニア人のタクシードライバーですが、まだしゃべり続けていて、<br />「あんた、先生かい？」と聞くので<br />「ああ、ドイツ語を教えている」と答えたら<br />「そうかい、あんたは日本語もドイツ語もしゃべれるとは賢いんだね」<br />と言われてしまい、赤面しました。いや、スワヒリ語が母語で、英語で仕事をしているあんたの方がずっと賢いと思うよ。<br /><br />　イギリス滞在の最後に日本語とスワヒリ語の間を英語が埋めてくれて、皮肉なことにイギリスに来たという実感がしました。</p>]]>
        
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    <title>シェフィールドにて②：学生と市民（続き）</title>
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    <published>2018-03-30T05:02:48Z</published>
    <updated>2019-12-25T07:54:05Z</updated>

    <summary> 　先回はシェフィールドに行って、学生と市民のことについて考えたことを書きました...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/Sheffield2.jpg"><img width="200" height="150" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2018/04/Sheffield2-thumb-200xauto-26053.jpg" /></a></p>
<p>　先回はシェフィールドに行って、学生と市民のことについて考えたことを書きました。今回はその続きで、厳密には日本に帰ってから考えたことです。<br /><br />　出張で九州大学に行って来ました。少し時間の余裕があったので、途中、西南学院大学に立ち寄って、博物館を見せていただきました。創始者の名前をとって「ドージャー記念館」と呼ばれる建物は明治の趣を残す素晴らしいものでした。ここを訪れる市民の姿もちらほら見られました。キリスト教関係の展示を見た後、すぐ横の食堂で昼食を取らせてもらうことにしました。生姜焼肉に揚げ出し豆腐がついた和定食が<span lang="EN-US">440</span>円で、美味しくいただきました。春休みのせいもあって学生の姿は少なかったのですが、印象的だったのは年配のご夫婦や子供を連れた若いお母さんなどが自然に食事をしている様子でした。学生服姿の高校生もいました。<br /><br />　大学は市内の住宅街の中にあります。この食堂は門から入ったすぐの所にあり、おしゃれなカフェという感じです（写真）。入り口には「営業中」と書かれていて、学生は学生証を示すと３％引きだと書かれてありました。つまり、市民の利用を前提として作られ、運用されていることがわかります。カフェテリア方式なので最初はちょっと戸惑いますが、あちこちに必要な指示は書いてありましたし、給仕の方も親切でした。私が近くに住んでいたら毎日でもここでお昼をいただきたいところです。<br /><br />　西南学院大学を後にして、九州大学に向かいました。電車とバスを乗り継いで中心部から約１時間のところに広大なキャンパスがあります。近代的で大きな建物がいくつも建っていて、さすがスケールが違うと思い知らされます。ただ、社会から完全に隔離されていて、砦か修道院のような感じもしました。その方が集中して勉強できるのかもしれませんが、いずれ社会に出て行く学生たちはやはり市民とともに生活する方がいいような気がします。<br /><br />　本学は九州大学ほど孤立していませんが、市民の方が気軽に入ってくるという雰囲気でもありません。教養教育ではできるだけ授業を市民開放にするようにしています。まずは市民の方に授業に参加してもらうところから始めたいと思っているのです。熱心に授業を受け、食堂でご飯を食べて、図書館で勉強をする市民の姿があれば、それは学生に少なからず影響を及ぼすものと思います。学生たちは特に教養教育の授業は何のためにやるのかわからないと思っているふしがあります。でもわざわざ市民の方が授業に来られて、しかも一生懸命取り組んでいる姿を見るとその意義を感じてくれるのではないかとも思います。<br /><br />　市民の方の中には庭で作ったのでと野菜や花を持ってきてくださる方や、部屋に立ち寄られて世間話をして帰られる方もあります。私たちも社会から孤立しないですみます。</p>]]>
        
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    <title>シェフィールドにて①：学生と市民</title>
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    <published>2018-03-30T04:17:25Z</published>
    <updated>2019-12-25T07:53:31Z</updated>

    <summary> 　この３月で教養教育機構長の任期が終了しました。この「機構長だより」も終了しま...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/Sheffield1.jpg"><img width="200" height="133" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2018/04/Sheffield1-thumb-200xauto-26052.jpg" /></a></p>
<p>　この３月で教養教育機構長の任期が終了しました。この「機構長だより」も終了しますが、これまでの記事は残してもらえることになりました。これもみなさま方の暖かいご支援のおかげです。先日イギリスのシェフィールドに行ってきたので、そこで考えたことを何回かに書き残して、最後のご挨拶とさせていただきたいと思います。<br /><br />　<span lang="EN-US">3</span>月<span lang="EN-US">18</span>日、学生<span lang="EN-US">57</span>名がイギリスシェフィールド大学での<span lang="EN-US">3</span>週間の海外研修を終えて無事戻ってきました。期間中、私もシェフィールドに伺って、授業参観をし、学生たちがお世話になっている英語教育センター長にご挨拶して来ました。<br /><br />　シェフィールドで宿泊したホテルは大学が保有する風格のある古い建物で、木々に囲まれ、とてもいいところでした。まわりにはたくさんの近代的な建物がありましたが、みんな学生寮だとのことです（写真）。<br /><br />　大学自体は街の中心部にあるのですが、ヨーロッパの古い大学らしく街中にいろいろな大学の施設が点在しています。お昼休みになると学生たちがぞろぞろ街中に出てきます。大学の食堂やカフェもありますが、民間のものもたくさんあって、学生割引の表示があるところもあります。学生組合の選挙でもあるのでしょうか、路面電車の停留所に<span lang="EN-US">Vote </span>〇〇<span lang="EN-US">!</span>のような手書きの張り紙があったりします。<br /><br />　このところ日本では、本学のような地方大学は地域連携が重要だとされます。というより、大学の「ミッション」そのものになっています。国立大学は国民の税金で成り立っている以上地方の活性化に貢献するのは当たり前だと言われると否定のしようもありません。でも私は一部の学生を街に引き摺り出して、一時的に地域のためと何かさせることにいささか違和感を覚えます。それよりも学生たちが市民と共に生活し、勉強することが最も街を活気づけるような気がします。<br /><br />　本学からシェフィールドに行った学生たちは全員ホームステイをします。これまでの３回の研修でホームステイ先と大きなトラブルになったということは耳にしていません。今回もホストファミリーの方々にはたいへんお世話になり、シェフィールドに到着するのが遅れても出迎えに来てくださり、雪のために出発が前夜に繰り上がったときも快く対応していただいたようです。毎回学生の満足度は極めて高く、シェフィールド滞在中の学生のブログを読んでも、ホストファミリーから心のこもったもてなしを受けていることがわかります。<br /><br /><span lang="EN-US"><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/BLOG/overseas/">https://www.ars.mie-u.ac.jp/BLOG/overseas/</a><br /><br /></span>　逆にホストファミリーから学生たちを世話してよかったと思われるようにしないといけないと思います。そして、日本や三重のこともたくさん話をしてほしいものです。それが三重だけではなく、シェフィールドへの地域貢献にもつながることでしょう。（続く）</p>]]>
        
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    <title>Japan for the world</title>
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    <published>2018-02-28T11:00:22Z</published>
    <updated>2018-03-01T00:31:26Z</updated>

    <summary> 　ちかごろ距離が縮まってきたせいか、墓地に行くと心がなごみます。学生時代、大学...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/IMG_2455b.jpg"><img width="200" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2018/03/IMG_2455b-thumb-autox300-25255.jpg" /></a></p>
<p>　ちかごろ距離が縮まってきたせいか、墓地に行くと心がなごみます。学生時代、大学が都内の大きな墓地のそばにあり、近道だったので、その中を通って通学していました。高村光太郎とか二葉亭四迷のような有名人のお墓もありました。卒業して随分たってからですが、大学が郊外に移転することになりました。今度は駅の反対側に広大な敷地を持つ墓地があります。つくづく墓地に縁のある大学です。実はそこに私の親族のお墓もあるので、先日上京したついでにお墓参りに行ってきました。とてもいい天気で梅の花もたくさん咲いていました。<br /><br />　ここにも有名人のお墓が数多くあります。こぢんまりとしたお墓だったのですが、赤い梅がきれいだったので、「ちょっとはいらせてもらっていいですか」と声をかけて写真を撮らせてもらいました。墓石を見ると「内村鑑三」と書いてありました。内村鑑三と言っても、クリスチャンで思想家というくらいしか知りません。墓石にはおそらくは本人の自筆でしょうが、「<span lang="EN-US">I </span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">for Japan, Japan for the World, The World for Christ, And All for </span></span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">God</span></span></span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">」と刻んでありました。<br /><br /></span></span>　帰ってから少し調べて、鑑三は単にキリスト教を信仰していたというだけではなく、仏教を含めて日本に深い関心を寄せていたことを知りました。日清戦争には一時理解を示したものの、日露戦争の時には強い反対をしたそうです。日本を愛しながらも世界のためにどうしたらよいのかを考えていた人なのでしょう。なにしろ新渡戸稲造などとともに札幌農学校であのクラーク先生に教えを受けた人です。<br /><br />　先日、教養教育の英語特別プログラムの短期海外研修として、<span lang="EN-US">57</span>名の学生がイギリスのシェフィールド大学に向けて出発しました。うちにこもりがちだと言われる今の学生ですが、これだけ多くが参加してくれるというのは頼もしい限りです。わずか<span lang="EN-US">3</span>週間ですから、英語が飛躍的に上達するわけではないとは思いますが、いろいろな経験をして、新たな視野を手に入れ、世界から日本を見てもらいたいと思います。<br /><br />　視野と言えば、もうひとつ気になったことがありました。今年も、新書を読んで書評を書くという教養ワークショップの授業が終了し、優秀書評集の編集中です。優秀書評集では、最初の年は、土井隆義『友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル』（筑摩書房、<span lang="EN-US">2008</span>年）が<span lang="EN-US">44</span>件中<span lang="EN-US">7</span>件でとりあげられ、別の<span lang="EN-US">2</span>冊が<span lang="EN-US">4</span>件ずつとりあげられました。私はいろいろなところでこの書評集を紹介しながら、現代の若者たちの心が垣間見られるのではないかと指摘しました。昨年は<span lang="EN-US">3</span>件とりあげられた本が最多であとは<span lang="EN-US">2</span>件が並びました。今年は<span lang="EN-US">2</span>件の本が<span lang="EN-US">5</span>冊ありましたが、その他はすべて別の書籍でした。しかも内容を見てみると、国際化、平和、労働、教育、学校、心理、社会情勢、経済、地方、防災、環境、健康、科学、芸術、言語、文学など実に多岐にわたります。もしもこれが学生の視野の広がりを示すものであればこれ以上の喜びはありません。<br /><br />　近頃世界には自分の国、あるいは自分のことしか考えない政治家ばかりいるような気がします。内村鑑三は上のことばを墓碑に刻むように言い残していたようです。彼の真意は私にはよくわかりませんが、<span lang="EN-US">I</span>と<span lang="EN-US">God</span>が直接結ばれているのではなく、間に<span lang="EN-US">Japan,</span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">World</span></span><span lang="EN-US">がはさまれているところにひっかかっています。つまり、私は日本や世界を介して神につながっている。そうすると<span lang="EN-US">God</span>というのは世界全体を見渡すような視野を持った存在というような気がしてきます。<br /><br /></span>　鑑三は日本の将来を心配し、死してなお私たちに課題をつきつけているのでしょう。</p>]]>
        
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    <title>隠れキリシタン</title>
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    <published>2018-01-31T02:31:15Z</published>
    <updated>2018-01-31T02:36:45Z</updated>

    <summary> 　名古屋から北に１時間ほど行った電車の終点に御嵩（みたけ）町というかつての中山...</summary>
    
    
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/">
        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/christian.jpg"><img width="200" height="133" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2018/01/christian-thumb-200xauto-24919.jpg" /></a></p>
<p>　名古屋から北に１時間ほど行った電車の終点に御嵩（みたけ）町というかつての中山道の宿場町があります。ここから江戸に向かって旧中山道を進むとやがて山中に入っていきます。「牛の鼻欠け坂」（牛の鼻がこすれて欠けるほどの傾斜）と呼ばれる急なところもありますが、今は整備されてとても気持ちのよいウォーキングコースです。そこを歩いていたら、近年街道脇から隠れキリシタンの遺物が見つかったと書いてありました。現在はマリア像が立っていますが、仏教の五輪塔などの下で十字架やマリア像が刻まれた石がいくつも発見されたそうで、実物は町の資料館で見ることができました。長崎の隠れキリシタンなどは有名ですが、ここでも厳しい弾圧の中で密かな信仰が続けられていたようです。仏様を拝むふりをして実はその下に埋めていた十字架に向かって祈っていたという庶民の情熱としたたかさに打たれました。<br /><br />　今『アウシュヴィッツの図書係』（アントニオ・<span lang="EN-US">G</span>・イトゥルベ著、‎小原京子訳、集英社、<span lang="EN-US">2016</span>）という本を読んでいます。事実に基づいた物語だそうです。もちろんユダヤ人を大量虐殺するために作られた収容所に図書館などあるわけがありません。密かに持ち込まれた８冊の本を必死に隠しながら管理する少女の話です。毎日ユダヤ人が連れてこられ、ガス室で大量に殺害されています。その脇で、明日の命の保証さえもないのに、そこまでして人は本を読もうとするものなのでしょうか。<br /><br />　隠れキリシタンにしてもアウシュヴィッツの少女にしても、投げ出してしまえば安全だし、何より安心して過ごせるはずです。なぜそこまでして守るのでしょうか。もちろん最も大切なのは命です。でも人間らしく生きるために命以外に守りたいものというのがあるのでしょう。それは生きることそのものであり、命と同じくらい大切な物なのでしょう。<br /><br />　この機構長だよりも３年になります。ずっと読んでくださっている「隠れファン」も何人かいらっしゃるようです。（迫害されていないことを望みます。）これは公的なブログなので実は本音が書けない時も多いのです。でも本音は完全に隠しきれるものではないようで、「隠れファン」の方はきっとそれがわかって読んでいらっしゃるのでしょう。その機構長としての任期もあと２ヶ月となりました。<br /><br />　近年の国立大学の状況は厳しく、本当に守るべきものを守って来たのだろうかと思うことがあります。人や予算は削減されるのに逆に雑務は増え、教員にも事務職員にも余裕がなくなっています。達成すべき数値目標なども設定され、大切なものを見失ってしまいそうです。大学は言うまでもなく、教員が専門の研究をし、その成果を学生たちに伝え、教員と学生が共に考え、悩み、成長する場所です。教養教育と言っても、いや、教養教育こそそうあるべきだと思っています。一見無駄に見えるところに本来の研究と学問はあり、それは数値で測れるようなものではないでしょう。<br /><br />　毎月、教養教育機構の全教員が集まって研修会をやっていますが、今月は、グループに分かれて、日々の授業で困ったこととその解決策について話し合い、それぞれのグループが発表しました。「そう、そう」「なるほどね」などの声があちこちで聞かれました。私たちが守りたいものはやはり日々の授業です。そして、そこでの問題をざっくばらんに話すことのできるこのような雰囲気もなくしてはなりません。<br /><br />　今回もまた本音の多くは土の中に埋めざるをえませんでした。</p>]]>
        
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    <title>たからもの</title>
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    <published>2017-12-27T06:13:36Z</published>
    <updated>2017-12-27T06:26:33Z</updated>

    <summary> 　先日本屋に立ち寄ったら、前から読みたいと思っていた本が置いてありました。手に...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/shohyoshuu.jpg"><img width="200" height="184" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2017/12/shohyoshuu-thumb-200xauto-24755.jpg" /></a></p>
<p>　先日本屋に立ち寄ったら、前から読みたいと思っていた本が置いてありました。手にとって開いたとき、その表紙の感触が快く、帰り道は本を読むのが楽しみで、ちょっとだけしあわせな気分でした。<br /><br />　実は近頃本を買うのは控えています。すでに自宅の本棚はいっぱいで、定年を迎えたら、研究室においてある私費で買った本をすべて持ち帰らなければなりません。今それが大きな悩みです。蔵書をどうするかというのは結構多くの人の悩みのようで、それについての本がいくつも出ています。（その本を買うとまた蔵書が増えるわけですが。）<br /><br />　そこで、私は電子書籍があるものはできるだけそれを買うことにしています。専用のタブレットも買いました。これが結構便利で、ほしいものはいつでもダウンロードでき、何十冊も持ち歩くことができ、寝ながら読むときにも重くありません。字の大きさが自由に変えられるのも老眼にはありがたいことで、まぶしくもなく、疲れませんし、電気を消しても読むことができます。むつかしい語はすぐに辞書を引いてくれ、「あと何分でこの章を読み終えます」というおせっかいまでやってくれて、結構気に入っています。<br /><br />　だけど、です。本屋で厚い表紙の本を手にしてその重みを感じると、なんとも言いようのない思いがするのです。ときどき子供の絵本売り場ものぞくのですが、大きさも材質もさまざまです。子供は本を手にしたらまずその手触りを楽しむのではないでしょうか。本の情報は視覚だけではなく、触覚でもあるのでしょう。それは、メールではなく、直接会って人の話を聞くのと似ているような気がします。<br /><br />　さて、先日<span lang="EN-US">MIU</span>という雑誌の取材を受けました。<span lang="EN-US">MIU</span>というのは、三重大学の学生が編集している雑誌で、「広報誌編集実践」（キャリア教育領域）という授業の成果物ともなっているものです。今回は「学生目線で三重大の学部をアピールする」というテーマで部局長のインタビューを行っているとのことで、私のところにも学生が来てくれました。その質問の中に「教養教育機構のお宝を教えて下さい」というものがありました。<br /><br /><span style="color: black; font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'; mso-font-kerning: 0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;"></span>　ちょっと困りました。教養教育機構にはたくさんの古い教室はあるのですが、古代の遺物や高価な機器など「お宝」などと呼べるものはありません。考えて、「少々キザですが、『人』と『意欲』です。」と答えました。それだけだと単に「キザ」で終わってしまいそうだったので、教養ワークショップで学生が書いたすべての書評を集めた本を２冊取り出しました。それぞれ約<span lang="EN-US">1300</span>の書評が収録されています。担当教員と（望むらくは）学生の「意欲」の結晶です。<br /><br />　実は、この書評集、機構長室の小さな本棚の中でかなりの存在感を主張し、いささかやっかいものです。電子ファイルはあるし、もう作るのやめようかとも思っていました。でもこれを見せると取材の学生はびっくりしていましたし、つきそいの先生からは「将来、卒業生が自分の書いたものを見に来たら素敵ですね」と言われ、はっとしました。学生たちが選んだ新書はその当時の世相や学生心理を反映しているように見えますし、それを読んで当時の自分が何を考えていたかということをあとで読み返してみるのも意味があることかもしれません。<br /><br />　今、本学の１年生全員がおそらくは生涯で初めてとなる書評に取り組んでいます。いつまでその製本が続けられるかわかりませんが、この本が何十冊も溜まっていくとそれが教養教育機構の「お宝」になっていくのでしょう。そのずっしりとした本の重さは学生たちの努力の成果であり、ひょっとしたら、その重さが私たちの思いを後世に伝えてくれるのかもしれません。</p>]]>
        
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    <title>わくわくする授業へ</title>
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    <published>2017-11-30T00:10:16Z</published>
    <updated>2017-12-01T00:27:21Z</updated>

    <summary> 　今年も11月13日から17日まで市民向け公開講座を開講しました。6講座開講し...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/fdsd.JPG"><img width="200" height="133" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2017/12/fdsd-thumb-200xauto-24524.jpg" /></a></p>
<p>　今年も<span lang="EN-US">11</span>月<span lang="EN-US">13</span>日から<span lang="EN-US">17</span>日まで市民向け公開講座を開講しました。<span lang="EN-US">6</span>講座開講し、延べ<span lang="EN-US">90</span>名以上の方にご参加いただきました。受講者から途切れなく質問が出る授業もあり、市民の方の熱意に圧倒されました。私もいくつか参加し、久しぶりに学生気分でした。ただ、申し訳ないことに、おもしろいのについ睡魔に負けそうになることがありました。教師として授業をしているときには、眠っている学生がいるとむっとするのですが、聞きたくても眠ってしまうということはあるのだとあらためて気づきました。見たい映画なのについ眠ってしまうこともありますから。ハイドンの交響曲第<span lang="EN-US">94</span>番は「びっくり交響曲」とも呼ばれていますが、それは居眠りしている聴衆を起こすために途中で大音量の部分を入れたためとも言われています。授業でも時々「びっくり」を入れないといけないのかもしれません。<br /><br />　眠らせないどころか、学生自ら授業を作り出していく方法として、本学では昔から<span lang="EN-US">PBL(Problem-Based Learning,</span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">Project-Based Learning)</span></span><span lang="EN-US">形式の授業を取り入れています。<span lang="EN-US">PBL</span>教育もいろいろあるようですが、基本的には学生自身が課題を発見し、それをグループで議論してその解決方法を発表するという授業です。豊田元学長が<span lang="EN-US">2008</span>年のブログで、医学部では<span lang="EN-US">1997</span>年から<span lang="EN-US">PBL</span>教育を取り入れ、医師国家試験でいい結果を出し、それを全学に展開しているとしています。医学であれば、ある症例について学生が自ら調べて原因をつきとめるというようなことになるのでしょう。当時の共通教育（教養教育）にも取り入れられ、<span lang="EN-US">2006</span>年には二十数コマの<span lang="EN-US">PBL</span>セミナーが開講されています。その後、<span lang="EN-US">PBL</span>形式のスタートアップセミナーが開講されたり、詳細なマニュアルが作られたりして、「<span lang="EN-US">PBL</span>の三重大」と言われるようになりました。しかし、その後いろいろな事情でやや停滞気味でした。<br /><br /></span>　来年度それを新たな形で再スタートさせようということになり、全学の会議で<span lang="EN-US">PBL</span>セミナーの定義とガイドラインを定めました。その中で、担当者は事前に<span lang="EN-US">FD</span><span lang="EN-US">研修に参加することが望ましい、とされています。そこで、先日その事前<span lang="EN-US">FD</span>研修会を開催しました。全学で<span lang="EN-US">PBL</span>教育を推進するプロジェクトチームと来年度<span lang="EN-US">PBL</span>セミナーを担当する教員の間で具体的授業内容について議論をしました。「専門知識がない学生に教養教育としてどのように問題を発見させたらよいのか」「論文を読ませて問題発見をすることもありえるのか」「理系の場合、決まった答えがある場合があり、だれかがそれを見つけてしまったら終わりになるのではないか」というような<span lang="EN-US">PBL</span>の根本的な問題から、「グループ学習やプレゼンに抵抗がある学生にどう対応するのか」「そもそもどうやったら新入生がこの授業を履修してくれるのか」などの現実問題まで、会場も交えて白熱した議論になりました。私たち自身が授業としての課題を発見し、解決を模索したことになります。<br /><br /></span>　この「機構長だより」を高校生の方がご覧になっているかどうかはわかりませんが、入学されたら来年度ぜひ受講していただきたいと思っています。単に授業を聞いているだけよりは、ちょっとだけ労力が必要かもしれませんが、教員と身近に接することができ、他学部の学生とも知り合いになれ、そして何より社会に出てもきっと役立つ力を身につけることができるとお約束できます。この研修会では私もわくわくして時間を忘れました。この授業に参加する人は絶対にわくわくするに違いありません。実はこの直前まで私は体調がいまひとつすぐれず、参加するのも億劫だったのですが、このあとはスキップして帰りたい気分でした。きっと忘れられない授業になると思います。<br /><br />　なお、この授業ではハイドンのような「びっくり」は必要ありません。なぜなら受講者はみんな聴衆ではなく、演奏者ですから。</p>]]>
        
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    <title>悔い改めよ！</title>
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    <id>tag:www.ars.mie-u.ac.jp,2017:/director_blog//69.7471</id>

    <published>2017-10-31T07:51:07Z</published>
    <updated>2017-10-31T07:59:32Z</updated>

    <summary> 　500年前の10月31日、ドイツのひとりの修道士が、当時教会が売りさばいてい...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/luther.JPG"><img width="200" height="300" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2017/10/luther-thumb-autox300-22032.jpg" /></a></p>
<p>　<span lang="EN-US">500</span>年前の<span lang="EN-US">10</span>月<span lang="EN-US">31</span>日、ドイツのひとりの修道士が、当時教会が売りさばいていた贖宥状（しょくゆうじょう；いわゆる「免罪符」）に疑問をいだき、ヴィッテンベルクの教会の扉に「<span lang="EN-US">95</span>か条の提題」を打ち付けました。これをきっかけとしてヨーロッパ中に宗教改革の波が広がっていきます。マルティン・ルターです。<br /><br />　私もかつてその教会を訪れたことがあります（写真）。ルターがハンマーをもって紙を打ち付けている姿を想像して、胸が高鳴りました。最高権力に立ち向かって、「おまえこそ悔い改めよ！」と言っているようなもので、そのハンマーの音が町中に鳴り響いたことでしょう。（私もできることなら某省の扉に抗議文を打ち付けてみたい。）しかし、深井知朗『プロテスタンティズム―宗教改革から現代政治まで―』（中公新書）によると、実際に打ち付けたかどうかは疑わしいようで、地区の大司教やその他の人に手紙で送ったということのようです。かなり地味ですが、でもそのおかげで、それが当時発明されたグーテンベルクの印刷術によりあちこちで印刷され、驚くほどの速さで広がって行ったのだそうです。今のインターネットのような感じだったのでしょう。<br /><br />　ルターがやったことはそれだけではありません。当時聖書はラテン語のものが使われ、ドイツの民衆は自分でそれを読むことはできず、つまり、聖職者の言うことをそのまま信じるしかなかったのです。その結果、お金を払って贖宥状を買い求め、天国行のチケットを手に入れた、と思い込まされていたのです。そこでルターはだれでも読めるように聖書のドイツ語訳を作ります。これがまた印刷術によって広まります。今で言う「情報公開」でしょうか。<br /><br />　聖書が自分で読めるということはどういうことでしょうか。それまでは聖職者が勝手な解釈をして、こうだ、ということを信じるしかありませんでした。でも、自分で読めるということは自分で解釈できるということです。聖書というのは特別な本ではありますが、そもそも本というのは考える時間を与えてくれるものだと思います。会話では発信者が目の前にいます。ネットでもそれに近いものがあります。しかし、本は発信者と時間的、空間的隔たりがあるからこそある程度冷静に対応できるのではないでしょうか。<br /><br />　ドイツには現在でもさまざまな方言があります。当時は標準ドイツ語というものはありませんでした。ルターはなるべく多くの人が聖書を読めるようにと共通のドイツ語を使うよう心掛けました。それが標準ドイツ語の基礎となったと言われています。そのおかげで私たちはドイツ中で通用するドイツ語を勉強でき、また、本も読めるわけです。その意味でルターは民衆に「読む」ということ、「考える」ということを与えてくれたと言えるのではないでしょうか。<br /><br />　いつもここで紹介する教養ワークショップの授業ではひとりひとりが新書を選び出して読み始めています。読んだ部分をグループで毎週報告します。報告することによって、より客観的に見ることができるでしょうし、また、他の人の意見を聞いて、新たな発見にもなるでしょう。<br /><br />　先回書いたように教養ワークショップは「評判の悪い授業」です。でも私たちはこれを大きな「授業改革」だと思っています。まだ改良すべきところもあるでしょう。こうしたらどうかという積極的な提案があれば検討していきたいと思っています。ただし、機構長室の扉に意見書を打ち付けるのだけは勘弁してください。</p>]]>
        
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    <title>評判の悪い授業</title>
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    <published>2017-09-28T02:31:29Z</published>
    <updated>2017-09-28T02:48:33Z</updated>

    <summary> 　この「機構長だより」を始めて２年半くらいになります。近頃、「読んでます」とか...</summary>
    
    
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/">
        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/fd2017.JPG"><img width="200" height="112" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2017/09/fd2017-thumb-200xauto-21669.jpg" /></a></p>
<p>　この「機構長だより」を始めて２年半くらいになります。近頃、「読んでます」とか「楽しみにしてます」というおことばをいただくことが多くなりました。涙が出るほどうれしく、ありがたいことなのですが、そんだけ期待されてもなあ、もう書くネタないなあと密かに悩んでいます。さらに悪いことに、前回の「バベルの塔」の評判が思いのほかよくて、自分でハードルを上げてしまいました。<br /><br />　一方、教養教育には「評判の悪い」というべき授業があります。後期の授業、教養ワークショップでとっているアンケートで、昨年、ずばり「この授業の評判はあまりよくないです」で始まるものがありました。先輩などからも「めんどくさい」と言われているようです。さすがにがっくりします。私たちはよりよい授業をしようと何度も話し合いや研修会を行っており、先日も教養ワークショップでやるビブリオバトルを教員自身が体験しました（写真）。<br /><br />　しかし、そう思っているのはこの学生だけではないようです。本学では前期と後期の終わりに授業改善アンケートを実施していて、その最初の質問は「この授業に満足しましたか」です。教養教育の中でこの満足度が最も低いのが、前期が「スタートアップセミナー」で、後期が「教養ワークショップ」です。これらの共通点は、必修でクラス分けがあり（つまり自分で選べない）、グループ活動があり、授業外の学習や活動が前提とされるということでしょう。<br /><br />　スタートアップセミナーはグループで課題を発見し、情報を収集し、議論し、その成果を発表するものです。これらを授業内で全て行うことはできません。また、教養ワークショップは新書（論説文）を読んで、グループで議論し、各人が書評にまとめます。本を読んだり、要約をしたり、書評を書いたりはそれぞれが授業外で行うことになります。アンケートには授業外にどれだけ時間をかけたかという質問もあります。これら科目の授業外学習時間は他の科目に比べ圧倒的に多いのです。確かにめんどくさそうです。<br /><br />　人文系の学生は別にしても、一般に今の学生はそもそも本を読むのが嫌いか、苦手なようです。そんな学生にはとっては「魔の教養ワークショップ」が間もなく始まることになります。どう対応したらよいのか、先日救いを求めて、よく売れているという丹羽宇一郎『死ぬほど読書』（幻冬舎）という本を読んでみました。「人が生きていく上で大事なのは、仕事と読書と人間関係と、そこからくる人間への理解である」とおっしゃっています。さすが伊藤忠の社長から中国大使までされた方のおことばは説得力がちがいます。ただ、私などが同じことを言っても今時の学生には響きそうもありません。<br /><br />　でも別の救いもあります。三重大学は教育方針として、４つの力（感じる力、考える力、コミュニケーション力、生きる力）の育成を掲げています。授業改善アンケートではこれらの修得を自分でどう評価するかも問います。「この授業は『コミュニケーション力』を身につけるのに、役立ったと思う」については、スタートアップセミナーが前期教養教育で最も高い数値を示しています。「この授業は『考える力』を身につけるのに、役立ったと思う」については、後期、教養ワークショップがトップです。学生たちは不満をかかえながらもその効果を認めざるをえないようです（と言いたい）。<br /><br />　ところで、上であげた「評判はあまりよくないです」と書いた学生ですが、そもそも読書が大嫌いで「本をまったく読まない」のだそうです。それを無理やり読まされるのですから、期待して来るわけがありません。それでもがんばって一冊読み切り、他の人に書評を批評してもらい、書評がよくなっていくことをだんだんに実感したようです。最後の締めくくりのことばは「この授業、とても楽しかったです」でした。丹羽さんには申し訳ないのですが、この学生の文章の方が私の心に響いたのでした。</p>]]>
        
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    <title>バベルの塔</title>
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    <published>2017-08-31T00:02:30Z</published>
    <updated>2017-09-01T00:19:32Z</updated>

    <summary> 　先日、ブリューゲルの「バベルの塔」の美術展に行ってきました。ブリューゲルは1...</summary>
    
    
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/">
        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/babel.jpg"><img width="200" height="160" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2017/09/babel-thumb-200xauto-21482.jpg" /></a></p>
<p>　先日、ブリューゲルの「バベルの塔」の美術展に行ってきました。ブリューゲルは<span lang="EN-US">16</span>世紀のオランダの画家ですが、「バベルの塔」というのは旧約聖書の創世記に出てくる話です。<br /><br />　そのころ、すべての人が同じ言語を話していました。のちに「バベル」と呼ばれることになるこの地の人々は天まで届く塔を造ろうとしました。それを見た神様は、人々が互いに理解できなくなって、仕事が進まなくなるよう言葉を違えてしまったというのです。それで現在世界にはさまざまな言語があるというわけです。バベルの人たちが変な気を起こさなければ私たちは今頃外国語で苦労することもなかったのかもしれません。<br /><br />　神様が言葉を異なるものにしたという場合、それは「ツリー<span lang="EN-US">(tree)</span>」を「キ（木）」にしたというように、単に音を変えたということではありません。なぜなら<span lang="EN-US">tree</span>の指す範囲は「木」の指す範囲とは異なるからです。「この机は『木』でできている」というときには<span lang="EN-US">tree</span>は使わず、<span lang="EN-US">wood</span>を使います。あるいは、中学校で<span lang="EN-US">brother</span>という語を習ったときに、それは「兄」でもあり「弟」でもあることに違和感を覚えたことでもわかります。つまり、言語が異なるということは、単に音が異なるだけではなく、現実世界の切り取り方、見方が異なるということです。だから、お互い理解するのがより困難になるのです。<br /><br />　本学の教養教育の理念のひとつに「グローバル化に対応できる人材の育成」ということがあります。これは単に英語ができるということではなく、世界にはいろいろな文化や考え方があることを理解するということです。もちろん大学ですべてを学ぶことはできませんが、いろいろな文化や考え方があることを知り、将来、知らない文化や考え方に接したときにも対応できるようになってほしいと思います。専門教育が狭い範囲で高みを目指すとしたら、教養教育は裾野を広げることでしょう。<br /><br />　教養教育では哲学、歴史、文学、社会学、法学、経済学、地理学、心理学、数学などの「教養統合科目」が<span lang="EN-US">250</span>以上開講されています。本学ではこれらを理念に沿って「地域理解・日本理解」「国際理解・現代社会理解」「現代科学理解」という３つの領域に分類しています。その気になればその道の専門家からいくらでも多様なことを学ぶことができるのです。<br /><br />　その一端を市民の方にも味わっていただこうと、今年も「バラエティとインテリジェンスに富んだ」公開講座を開講することにしました。詳しくは次をご覧ください。<br /><br /><span style="color: black; font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'; mso-font-kerning: 0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">　<a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/event/class/2017-2.html"><span lang="EN-US">https://www.ars.mie-u.ac.jp/event/class/2017-2.html</span></a><br /><br /></span>　ブリューゲルの絵は思ったよりも小さなものでした。しかし、その中にはこまごまといろいろな人物が描いてあります。一説によると千数百人いるそうです。斜め上空から描いているので、まるで神様が望遠鏡で眺めているような感じです。ひょっとすると、ブリューゲルはあえて小さな絵にして、人間もちっぽけに描いたのかもしれません。言葉を通じなくしてしまったのも人間にとってはたいへんなことではあるけど、神様にとってはちょっとしたいたずらだったのかもしれません。ドイツ語に<span lang="EN-US">über </span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">den Tellerrand hinausschauen</span></span><span lang="EN-US">（皿の縁を越えて眺める）という表現があります。「（自分の文化や領域を超えて）開かれた目を持つ」というような意味のようですが、人間はせいぜい皿の中にいて外を眺めているくらいの存在ということでしょうか。<br /><br /></span>　それでもブリューゲルの描くバベルの塔自体はすばらしく、実際にあるのなら登ってみたくなります。でも神様のいたずらがなくてもこの塔はいつかは限界に達したことでしょう。もっと裾野を広げておくべきだったのではないでしょうか。</p>]]>
        
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    <title>役に立たない授業</title>
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    <published>2017-07-31T00:53:05Z</published>
    <updated>2017-08-01T03:44:16Z</updated>

    <summary> 　１年前相模原市の障害者施設で悲惨な事件が起きました。犯人は「障害者は生きてい...</summary>
    
    
<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/">
        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/kyoyo02.JPG"><img width="200" height="133" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2017/08/kyoyo02-thumb-200xauto-21289.jpg" /></a></p>
<p>　１年前相模原市の障害者施設で悲惨な事件が起きました。犯人は「障害者は生きていても無駄」などと述べていたと伝えられています。この犯人はヒトラーの影響を受けたとも言われています。<br /><br />　今年、私は異文化理解（ドイツ語）２年生の授業で、ホロコーストに関する文章を読みました。強制収容所に入れられながらもかろうじて生き延びたユダヤ人画家<span lang="EN-US">Yehuda </span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">Bacon</span></span><span lang="EN-US">のインタビューをまとめたものです<span lang="EN-US">(Tim Pröse: Jahrhundertzeugen. Die Botschaft der </span></span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">letzten Helden gegen Hitler. München. </span></span></span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US"><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">2016)</span></span></span></span><span lang="EN-US"><span lang="EN-US"><span lang="EN-US">。<span lang="EN-US">Bacon</span>は煙突から煙が立ち上る様子を絵にし、その中に父親の顔を描いています。彼は父親の亡くなった正確な時刻を知っているそうです。それは直前まで父親と一緒にいて、父親はガス室へと振り分けられたからです。<br /><br /></span></span></span>　授業では<span lang="EN-US">NHK</span>のドキュメンタリー「それはホロコーストの<span lang="EN-US">"</span>リハーサル<span lang="EN-US">"</span>だった～障害者虐殺７０年目の真実～」の一部も見てもらいました。ナチス・ドイツは６００万人以上のユダヤ人を虐殺したとされていますが、その前に３０万人の精神や知的に障害のあるドイツ人たちを殺害していたとのことです。当時のナチスのプロパガンダ映画も挿入されていますが、このような者たちのために莫大な予算を使っている、それがあれば健常者の家がどれだけ建てられるのか、というようなナレーションも流れます。利益をもたらさないもの、つまり、役に立たないものを生かしておくのは無駄だ、という発想だったのでしょう。今の社会自体が目先の利益だけに目を奪われており、すぐに「役立たないもの」は廃止して、「役立つもの」に転換せよと言っているような気がします。残念ながら大学もその例外ではありません。<br /><br />　そもそも「役に立つ」ということはどういうことでしょうか。「役に立つ」という場合、通常「何かの目的のために」または「だれかの利益ために」のような前提で言われていると思います。しばしばそれはそれを言う人の主観的価値判断、あるいはその時代の一時的な価値判断でしかありません。当時のナチスの政策はドイツの発展のために「役立つ」と思われたのでしょうが、今振り返れば、それは「役に立つ」どころか人類にとって大きな不幸になっただけでした。それは同じ時代の日本の政策もそうだったでしょうし、今でも核とミサイルの開発が「役に立つ」と思っている国があります。<br /><br />　ここで前にも紹介した『嫌われる勇気　自己啓発の源流「アドラー」の教え』（岸見一郎・古賀史健著　ダイアモンド社）で、哲人が「誰かの役に立ててこそ、自らの価値を実感できる」と言ったことに対して、青年が「生まれて間もない赤ん坊、そして寝たきりになった老人や病人たちは、生きる価値がないことになってしまう」と反論します。哲人は「『ここに存在している』と言うだけで、すでに他者の役に立っているのだし、価値がある」のだと答えます。確かに、年老いた夫が妻の介護をしている時、妻は社会にとって何の役にも立っていないかもしれませんが、ひょっとするとそれは夫の生きる力になっているかもしれません。あるいは、生まれたばかりの赤ちゃんはいるだけで周りの人を笑顔にしてくれます。<br /><br />　教養教育の授業の多くは役に立たないように見えるかもしれません。私は授業に役に立つ、役に立たないという区別はないと思っています。少なくともそれはそう簡単に判断できないことでしょう。もちろんすべての授業に改善の余地がないとは言えませんが、授業の価値はすぐに役立つかどうかではなく、どれだけのものが受けとめてもらえたかでしょう。それをどう役立てていくのか、それは授業を受けた側の課題だと思います。なお、私の授業では最後のアンケートで約７割の人がホロコーストに関心を持つことができたと答えました。私の授業はまだまだだったようですが、たとえ役に立たないと言われてもやり続けないとと思います。</p>]]>
        
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    <title>沈黙のコミュニケーション</title>
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    <published>2017-06-30T07:37:24Z</published>
    <updated>2017-06-30T07:50:18Z</updated>

    <summary> 　先回は、コミュニケーションが苦手な学生に関するシンポジウムに出席した後、永平...</summary>
    
    
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/eiheiji.jpg"><img width="200" height="133" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2017/06/eiheiji-thumb-200xauto-21046.jpg" /></a></p>
<p>　先回は、コミュニケーションが苦手な学生に関するシンポジウムに出席した後、永平寺を訪れた話をしましたが、永平寺に着いたところで終わってしまっていました。<br /><br />　永平寺の門前はお蕎麦屋さんやおみやげ屋さんで賑わっていましたが、境内に入るとそこには緊張した静けさが漂っていました。お堂の間は廊下で繋がっていて、参拝者はそれらの中を歩いて巡ることができます。参拝者は最初の説明で、廊下は左側通行だと注意を受けます。なるほど途中で何度も急ぎ足の僧の方とすれ違いました。廊下には散り一つ落ちていません。庭でも「雲水」と呼ばれる若い修行僧たちが黙々と草取りや掃除などをしていました。食事のときも一切私語は厳禁だそうです。<br /><br />　沈黙の行を続ける雲水さんたちの横ではグループで来た観光客たちがわいわいと騒いでいます。厳しい修行をしているのにむっと来ることはないのだろうかと気の毒に思いました。私などは煩悩の塊なので、きれいな女性の参拝者が通ると心も乱れるのではないかと、不謹慎なことを思ったりもしました。<br /><br />　私はふと昔読んだ遠藤周作の「沈黙」という小説を思い出しました。江戸時代、鎖国でキリスト教が禁止されている日本にポルトガルから理想に燃えた宣教師ロドリゴがやってきます。彼は信仰を捨てたと伝えられる自分の師を許すことができません。しかし、現地では、拷問に苦しむ信者たちを前に、彼は神に救いを求めますが、神は沈黙を守ります。「主よ、あなたは何故、黙っておられるのです。あなたは何故いつも黙っておられるのですか。」そして、彼は苦しむ信者を見ることに耐えられず、自ら踏み絵に足をかけるのです。その時彼には聞こえます。「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ。」<br /><br />　私はここを読み返すたびにこみ上げるものがあるのですが、考えると、ロドリゴはそれまで神の存在を疑うことさえしなかったのでしょう。それは現実から離れた教会という恵まれた世界でのことでした。遠く離れた異国の過酷な現実の中で彼は初めて神に向き合い、その中で彼は初めて神の声を聞くのです。これは信仰心の薄い人間の言うことにすぎないのかもしれませんが、そこで彼は初めて本当の信仰を知ったような気もするのです。他人を平気で傷つける狂信的な信仰は「妄信」としか言えないでしょう。<br /><br />　教養教育では１年次前期はスタートアップセミナーを受講します。４、５人のグループで課題を発見し、その解決法を探ります。先日、その授業の見学に行ってきました。その回は「クリティカル・シンキング」の授業でした。自分たちの検討している解決法が本当に適切なものかどうか自ら批判的に見てみようというものです。最初に教員が提示した全員共通の課題にはみんな適切な批判を加えていましたが、いざ自分たちの解決法に向き合うと、どう見直してよいものやら戸惑っているようでした。<br /><br />　自分を振り返らない人はいないと思いますが、人間は厳しい場面に直面した時に、本当の意味で自らに問いかけることを迫られるのかもしれません。永平寺の雲水さんたちも厳しい修行の中で仏と自らに問いかけているような気がします。永平寺があえてそこに参拝者を入れているのも、世間から乖離することなく自分を見つめるためなのかと勝手に思いました。修行を終えたあとはそれぞれのお寺で檀家の人たちを相手にすることになるのでしょうが、ここでのそんな修行が自信となるのでしょう。<br /><br />　真のコミュニケーション力というのは、口先だけの会話ではなく、真に自分と向き合ってこそ生まれるものだろうと思います。会議で日ごろ無口な人がある重要な局面で一言口に出しただけで、解決に向かうというようなことがあれば、それは究極のコミュニケーション力と言えそうな気がします。私のあこがれです。</p>]]>
        
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    <title>寄り道、回り道</title>
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    <published>2017-05-31T04:49:14Z</published>
    <updated>2017-05-31T04:58:37Z</updated>

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        <![CDATA[<p><a href="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/mizutabirako.jpg"><img width="200" height="243" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" alt="" src="https://www.ars.mie-u.ac.jp/director_blog/assets_c/2017/05/mizutabirako-thumb-autox243-20778.jpg" /></a></p>
<p>　授業が始まって２か月が過ぎようとしています。教養教育前期はスタートアップセミナーが必修で、そこではグループワークが行われています。それが楽しいという人もいるでしょうし、いやだ、苦手だ、という人もきっといることでしょう。<br /><br />　先日、教養教育の責任者が集まって「国立大学教養教育実施組織会議」が富山で開催されました。全体会議のテーマが「コミュニケーションを苦手とする学生への修学指導と成績評価」でした。本学にも報告が求められたので、心理学が専門の瀬戸美奈子先生に発表をお願いしました。今は全国的に「アクティブ・ラーニング」が推進されていますが、その有力な手法のひとつがグループワークです。確かに教師の話を聞いているだけでは受動的になってしまいますが、少人数のグループなら何らかの形で常に関わらざるを得ません。しかし、中にはあまりグループワークが得意でなかったり、場合によっては、まったくできないという人もいます。ここだけの話ですが、私もどちらかというと自分で勝手に勉強したい方です。<br /><br />　ところが、社会はコミュニケーション能力を求めていますし、本学でも教育方針の「４つの力」の育成の中に「コミュニケーション力」が入っています。必ずしも入試で測定するわけではないので、コミュニケーションが苦手な学生がいるのは当然ですが、一方で、授業の到達目標はさだめられており、評価もそれに沿って行うことが求められますから、途中でどうサポートしていくかが課題です。その他のことでも他の人と同じようにできないことがあって悩んでいる人もいることでしょう。<br /><br />　他の学生と同じことはできなくても、教師や他の学生がちょっと手伝うだけで一緒に活動できる場合もありますし、グループ活動にはコミュニケーションが苦手でもできる仕事があります。悩んでいる人は担当教員に相談してみてはどうでしょうか。<br /><br />　さて、その富山からの帰り、福井で下車して、一度立ち寄りたかった永平寺に行ってきました。ふつう私はきちんと時刻を調べていく方なのですが、この日はなぜか行き当たりばったりで電車に乗ってしまいました。えちぜん鉄道で永平寺口まで行ったら、次のバスまで<span lang="EN-US">30</span>分以上待たなければなりませんでした。歩いて１時間ということだったので、歩いてみることにしましたが、そんなもの好きな人は他にいないようです。地図もなく、方角もいささか怪しかったので、ちょっとだけ不安でした。<br /><br />　でも昔からのものと思われるその道は山と小川の間を通り、途中にはいくつかの集落もあって、のどかでとても素敵な道でした。春のエゴノキと夏のウツギ（卯の花）の白い花が同時に咲いていました。かわいい野草があったので写真に撮ったり（写真：ミズタビラコ）、ウグイスが珍しく姿を見せていたので耳を傾けたりしていました。途中時々この道合ってるのかなと不安になることもありましたが、とても楽しい道だったので、最後には永平寺に着くかどうかはどうでもよくなっていました。<br /><br />　ふと伊勢神宮や金刀比羅宮、延暦寺などはそのための鉄道が割と近く延びているのになぜ永平寺にはないのだろうと思いました。そうしたら、土手の上に自転車道があるのに気づき、それを辿って行ったらかつての線路跡であることがわかりました。やっぱりあったんだ。なぜ廃止に追い込まれたのかはわかりませんが、やはりここでも参拝が鉄道が延びる一つの要因だったのですね。<br /><br />　途中は静かな山里でしたが、門前まで行くとたくさんの車やバスが止まっていて賑わっていました。気づくと駅を出て２時間近くたっていました。着くのは遅れたけどこの人たちが知らない素晴らしい時間を過ごせたんだと、ひとり得意になっていました。<br /><br />　他の人とは違う道をひとり行くことは不安を伴いますし、勇気も必要です。でもそれは他の人が知らない世界を知ることでもあります。私が歩いた道ではところどころにお地蔵さんや観音さんがいて、この道でいいんだよ、ゆっくり行きなさいと言ってくれているようでした。私もそんなお地蔵さんのようでありたいと思っています。</p>]]>
        
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