あだ討ち
三重大学の最寄駅は近鉄江戸橋駅です。学生たちはそこから志登茂川(しともがわ)にかかる江戸橋を通って大学まで歩いたり、自転車に乗ったりしてやってきます。江戸時代、四日市の日永の追分で東海道から分かれた伊勢街道は大学の正門前を通り、この江戸橋を渡って南下していきます。伊勢神宮にお参りする人たちがいろいろな思いを持ってこの橋を渡ったことでしょう。
三重県にはそんな旧街道が数多くあり、それをたどりながら昔に思いを巡らすのは楽しいものです。先日、そのうちの一つ伊賀街道を歩いていたら、「荒木又右衛門誕生之地」という碑がありました。「鍵屋の辻の決闘」(伊賀市)と呼ばれるあだ討ちで有名な人で、すごい剣豪だったようです。
「柘榴(ざくろ)坂の仇討」という映画を思い出しました。桜田門外で暗殺された主君井伊直弼のかたきを明治になっても果たそうとする元藩士の映画です。彼にとっては井伊は大好きな殿様で、ここでは井伊は珍しくいい人として描かれています。その藩士の立場で見ていると、彼が刺客を憎むのにだんだん感情移入してしまいます。しかし、彼はある人に言われます。井伊が安政の大獄でどれだけの人を苦しめたのかと。
歴史というのはそういうものかもしれません。どのような立場で見るかでその評価は大きく変わってしまいます。だれも神の視点で見ることなどできません。たとえ教科書に書かれていてもそれはある視点での記述でしかないのです。だからいろいろな立場になって考えてみることが必要なのでしょう。
私たち研究者の仕事は書かれていることを疑うことから始まります。ただ、それに反論するためにはまず書かれていることをしっかりと理解しなければなりません。今年の新入生から後期に「教養ワークショップ」という授業が始まります。いっしょに本を読んで、グループで内容を議論して、書評を書いてもらいます。あえて批判的な立場で読んでみると見えてくるものがあると思います。
さて、映画に戻りますが、元藩士は最後に柘榴坂でかたきと向き合うことになります。特に幕末は考えの異なる人とは刀を交える時代でした。この映画のうまいところでしょうが、観客は両方に思い入れをしてしまっています。切り合わないでくれと願ってしまいます。まさに両方の立場がわかるのですが、現実にはなかなかそうはいきません。どうしても相手のことが理解できないとき、あるいは相手にわかってもらえず、どうしようもないときがあります。そんなとき、私は江戸時代のように刀を持っていなくてよかったなあとつくづく思うのです。

三重大学 教養教育機構長
井口 靖
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