引っ張る力
11月14日から18日にかけて教養教育機構としては初めて市民向けの公開講座を開講しました。私は最初に「異文化体験―はじめてのドイツ語―」として、実際とほぼ同じ内容の授業を体験いただき、よろしければ来年度、市民開放授業(市民の方のために通常の授業を開放しているもの)にご参加くださいと申し上げました。その後、若い教員たちが日替わりで「STAP問題とは何だったのか」「オセアニアの島のくらしと教育」「戦後日本外交と高碕達之介」「音と意味をつなげる力」「カモノハシと学ぶ哺乳類の進化と自然保護」というテーマで授業を行いました。私も受講しましたが、どの内容も方法も最後まで受講者を引きつけて離さないものでした。教師なら当たり前でしょ、と言われるかもしれませんが、私は毎月教養教育機構として取り組んできた研修会や授業参観、そして本人たちの努力と情熱の賜物だと思っています。延べ100名近くの方にご参加いただきましたが、その反応も上々で、すでに来年度の問い合わせをする方もあったほどです。
さて、ここで何度も紹介していますが、現在1年生たちは「教養ワークショップ」という授業を受けています。論説文の新書を読んで2000字の書評を書くのですが、1300名の学生がそれぞれの書評に向けて奮闘中です。ただ、読んでいてつまらないなあと思ってしまう要約があります。感想文との違いは、書評は読者を想定して書くということでしょう。メールやSNSでは短い文を投げかけてすぐに相手の反応を見ることができます。若い人たちは相手の反応に私たちよりはるかに敏感ですが、相手を想定して短い文を書くことはあっても、まとまった文章を書く機会はなかなかないようです。
考えてみると、少し前まで直接または電話で話せない場合には手紙を書くしかありませんでした。たとえ葉書でも一行というわけにはいかず、まとまったことを書く必要がありました。相手の反応が返ってくるのは早くて数日後、海外なら数週間ということもあったでしょう。相手がどういう想いでその文章を読むかを想像しながら書くしかなかったのです。ラブレターなんかいつ丸めて捨てられるかわかりませんから、とにかく最後まで読ませること、つまり、相手を最後まで引きつけることが必要だったのです。
ドイツ語にAnziehungskraft(アンチーウングス・クラフト)という語があります。「魅力」という意味ですが、「引力」という意味もあり、まさに「引きつける力」です。それはある程度の長さの文章では読者を最後まで「引っ張る力」ということになるでしょう。つまり、見えない読者の視点で文章を練りながら読者を最後まで連れていかなければなりません。それが文章の「魅力」となります。
12月26日には桜美林大学の井下千以子先生をお招きして「国内外のライティング教育の現状―アクティブラーニングによる指導の効用と課題―」というテーマで研修会を行いました。井下先生は、「知識や情報を、自分で考えて組み立て直す」こと、つまり、「知識の再構造化」が必要だと言われました。これを聞いて、学生たちは本を忠実に再現しようとするあまり内容が自分のものになっていないのではないか、つまり、真に自分に「引きつけて」いないのではないか、と思いました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。私の文章にも少しは「引っ張る力」があったでしょうか。たとえそうでも、私がラブレターで文章力を鍛えたというわけでは決してありません、念のため。

三重大学 教養教育機構長
井口 靖
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