三重大学 教養教育機構 機構長だより
2016年3月 記事一覧

忘れられない授業

三重大学では325日学位授与式(卒業式)が行われました。三重大学にはいつまでも忘れられない授業があったでしょうか。

私は毎年1年生向けに「異文化理解」で、ドイツ語の文法、講読、会話の授業をしています。自慢のようになりますが、Power Pointでわかりやすく説明をするだけでなく、映画や歌や写真を使ってドイツの文化や社会の紹介もします。ペア学習やクリッカー(クイズのように問題に答えてボタンを押すと結果がグラフで表示されます)も一部取り入れています。こんなに楽しくて、ためになる授業は他にはないと固く信じています。が、・・・

先日ある教養教育のシンポジウムに参加したとき、突然「これまでに最も学んだと感じた授業は何ですか?」という課題を与えられ、隣の人とその時のことを話し合うように指示されました。私は大学3年生のときに受けたある講義を思い出しました。

その講義は大講義室で、先生はノートを見ながら、板書しながら静かに説明をしていくという極めてオーソドックスなものでした。当時はもちろん「アクティブ・ラーニング」などというようなことばはなく、学生はただひたすらに授業を聞き、ノートを取っていました。でも、私はその先生の真摯な姿勢に心を打たれ、あるとき、その先生独自のするどい考察を聞いたとき、全身が震える思いがしました。そのときかもしれません、学問の道を目指そう、と思ったのは。そして、いまだにそのテーマを私は追い求めています。

シンポジウムではその話を隣の初対面の女性にしました。そうしたら、その女性はこうおっしゃいました。その先生は黒板に向かって授業をしているような人だった、でも、きちんと組み立てられた授業とその中で言われたことばで、自分は絶対この分野を研究しようと思った。ほとんど同じような体験に私は驚きました。その方の先生もチョーク一本でひとりの人生を変えてしまったのです。

最近、ある授業の参観をしたときのことです。その授業では先生が黒板に問題を書き、学生がそれを解く、しばらくして先生が説明をしながら解答をする。その繰り返しでした。学生が指名されることはありませんでした。このアクティブ・ラーニングの時代になぜ指名もしないのか聞きました。そうしたら、このクラスはこの科目の苦手な学生が集まっている、指名すると二度と来なくなる、まず授業に参加させる、問題はそんな学生でも解けるように作ってある、とおっしゃいました。確かにそれで学生が自信を持って自分で勉強するようになったら、結果としてアクティブ・ラーニングなのかもしれません。

今はさまざまな機材があって、授業にいろいろな工夫が可能です。授業を魅力的にするためにできる限りのことはすべきでしょう。しかし、真の「アクティブ・ラーニング」とは学生を無理やり授業に引きずり込むことではなく、その授業を受けて学生が自分から勉強しようと思うことに相違ありません。内容と人格さえあれば、あとはチョーク一本だけあればいいのかもしれない。ただ、私は到底チョーク一本では戦えそうもなく、やっぱり最新兵器で完全武装して教室に向かうしかなさそうです。

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三重大学 教養教育機構長
井口 靖 

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