Japan for the world
ちかごろ距離が縮まってきたせいか、墓地に行くと心がなごみます。学生時代、大学が都内の大きな墓地のそばにあり、近道だったので、その中を通って通学していました。高村光太郎とか二葉亭四迷のような有名人のお墓もありました。卒業して随分たってからですが、大学が郊外に移転することになりました。今度は駅の反対側に広大な敷地を持つ墓地があります。つくづく墓地に縁のある大学です。実はそこに私の親族のお墓もあるので、先日上京したついでにお墓参りに行ってきました。とてもいい天気で梅の花もたくさん咲いていました。
ここにも有名人のお墓が数多くあります。こぢんまりとしたお墓だったのですが、赤い梅がきれいだったので、「ちょっとはいらせてもらっていいですか」と声をかけて写真を撮らせてもらいました。墓石を見ると「内村鑑三」と書いてありました。内村鑑三と言っても、クリスチャンで思想家というくらいしか知りません。墓石にはおそらくは本人の自筆でしょうが、「I for Japan, Japan for the World, The World for Christ, And All for God」と刻んでありました。
帰ってから少し調べて、鑑三は単にキリスト教を信仰していたというだけではなく、仏教を含めて日本に深い関心を寄せていたことを知りました。日清戦争には一時理解を示したものの、日露戦争の時には強い反対をしたそうです。日本を愛しながらも世界のためにどうしたらよいのかを考えていた人なのでしょう。なにしろ新渡戸稲造などとともに札幌農学校であのクラーク先生に教えを受けた人です。
先日、教養教育の英語特別プログラムの短期海外研修として、57名の学生がイギリスのシェフィールド大学に向けて出発しました。うちにこもりがちだと言われる今の学生ですが、これだけ多くが参加してくれるというのは頼もしい限りです。わずか3週間ですから、英語が飛躍的に上達するわけではないとは思いますが、いろいろな経験をして、新たな視野を手に入れ、世界から日本を見てもらいたいと思います。
視野と言えば、もうひとつ気になったことがありました。今年も、新書を読んで書評を書くという教養ワークショップの授業が終了し、優秀書評集の編集中です。優秀書評集では、最初の年は、土井隆義『友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル』(筑摩書房、2008年)が44件中7件でとりあげられ、別の2冊が4件ずつとりあげられました。私はいろいろなところでこの書評集を紹介しながら、現代の若者たちの心が垣間見られるのではないかと指摘しました。昨年は3件とりあげられた本が最多であとは2件が並びました。今年は2件の本が5冊ありましたが、その他はすべて別の書籍でした。しかも内容を見てみると、国際化、平和、労働、教育、学校、心理、社会情勢、経済、地方、防災、環境、健康、科学、芸術、言語、文学など実に多岐にわたります。もしもこれが学生の視野の広がりを示すものであればこれ以上の喜びはありません。
近頃世界には自分の国、あるいは自分のことしか考えない政治家ばかりいるような気がします。内村鑑三は上のことばを墓碑に刻むように言い残していたようです。彼の真意は私にはよくわかりませんが、IとGodが直接結ばれているのではなく、間にJapan,Worldがはさまれているところにひっかかっています。つまり、私は日本や世界を介して神につながっている。そうするとGodというのは世界全体を見渡すような視野を持った存在というような気がしてきます。
鑑三は日本の将来を心配し、死してなお私たちに課題をつきつけているのでしょう。

三重大学 教養教育機構長
井口 靖
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