命を懸けて授業をする
出張で大津に宿泊したので、石山寺に参拝してきました。ここには紫式部が籠って源氏物語を書いたとされる部屋があります。1000年も前の話ですから、文字というのは時間も空間も超えるとあらためて認識しました。紫式部もこんな梅を見ていたのでしょうか。
文学ではないのですが、教養ワークショップでは1300名の学生が新書を読んで書評を仕上げました。この授業は決まったスケジュールで決まった内容で進められます。多くの教員が担当するためにそのようにしているのですが、今回、学生たちの感想を見ていると、「○○先生の授業でよかった」「○○先生の授業はわかりやすかった」など名指しのものがかなりありました。決まった内容でもそれぞれの教員が自分なりに工夫を凝らして授業をしているのがわかります。建前から行くと均等の授業をすべきなのですが、そこは教員も人間ですから、どうしても個性が出ます。そして、真剣に取り組んでいるかどうかは学生もきちんと見ているということでしょう。
話が少し飛びますが、先日新聞の投書に、定年退職された方が大学に入り直したという話があり、授業1コマ分の単価がどのくらいかを計算した、これに見合うだけの授業内容かどうかはわからないが、寝ている学生はもったいないと書かれてありました。その方の示されている金額はちょっと高すぎかなと思ったのですが、それはともかく、私たちはその金額に見合う授業ができているのでしょうか。
さらに話が飛びますが、出張の会議が終わり、やれやれと思ってひとりでビアホールに入り、ソーセージをつまみにビールを飲みながら、本を読んでいたときのことです。隣のテーブルに年配の男性と若い男性がやってきて話を始めました。よくありがちなのですが、年配者の方はやや大声で自慢げに昔話をしていました。私は静かに至福のときを過ごしたかったので、その年配者の話し方はあまり快くはありませんでした。聞かないようにしようと思っていましたが、年配者の学生時代の話が耳に入ってきました。どうやら塾で働いて学費を支払っていたようです。
ある日、教授が授業をしているとヘルメット姿の学生たちが入ってきて、教授を押しのけ、教授の書いた板書を消して、演説を始めたというのです。私の頃は学生運動はもう下火になっていて、それほどでもなかったのですが、時には似たようなことがありました。「教授は自分がせっかく書いた板書を消されたというのに、隅でかしこまっているんだよ」とその人は憤りを込めて言いました。その人は「殴られるのを覚悟で」ヘルメットの学生たちに向かって「自分は授業を受けに来ているんだ、出て行ってくれ」と言ったそうです。
結局、ヘルメットの学生たちには歯が立たなかったようですが、それで教授への信頼がなくなったと言っていました。むしろ私が殴られたようなショックを受けて、もう本など読んでいる場合ではありません。確かに、お金をとって人を集めて、しかも自分の生涯をかけてやって来たはずの研究に基づいて授業しているわけですから、私たちはそう簡単に授業を明け渡せるはずがないのです。少々大げさですが、私たちは本来命を懸けて授業をすべきなのではないか、少なくともそういう姿勢でこそ伝わるものがあるのではないか、と思いました。とりあえずはビールのお代わりをして自分自身を反省してみることにしました。

三重大学 教養教育機構長
井口 靖
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