解けない課題
11月4日、全学で津波避難訓練が実施されました。教養教育でも400名以上の学生と教職員が屋上に避難しました。屋上からは青く静かな伊勢湾が眺められましたが、「意外と海が近いんだ」と認識を新たにした学生もいました。
先月、岩手大学で開催された東北地域大学教育推進連絡会議で話をするように頼まれ、三重大学の教養教育の理念とカリキュラム、特にアクティブ・ラーニングの実際の様子などをお話ししてきました。東北全体から集まってくださった国公私立大学の先生方があまりに熱心に聞いてくださるのでつい時間を超えてお話ししてしまいました。
私の話のあと、岩手大学の「震災復興に関する学修」についての報告を聞きました。これは前にこの「機構長だより」でも紹介しましたが、1年生全員が県内いずれかの被災地を訪問して、その実態を知り、復興を考えるというゼミナールです。
たとえば、あるクラスでは、現地を見学したのち、自治会長になったつもりで「土盛り」が必要かどうかを討論したそうです。それに続く選択のゼミナールも試みられているそうで、災害公営住宅で七夕飾りや郷土料理を住民と共に作り、コミュニティ形成に寄与したとの報告がありました。
教育学部の特別支援教育コースを担当していらっしゃる先生は、自分自身被災地を見るとフラッシュバックしてつらいのだとおっしゃっていました。学生たちは最初一般論でしかなかったのが、当時の教育現場の話を聞くうちにだんだん当事者としての意識が芽生えてきたとのことです。最後に「教師として、どうあればよいか」「教師として何を伝えていくべきか」という問いに対して、ある学生はしばらく考え込み、「...わからない」と答えたと言います。
私たちのスタートアップセミナーも学生たちが自ら課題を発見し、その解決法をグループで議論しています。しかし、東北ではわざわざ課題を発見するまでもなく、被災地という現実の課題、しかも生半可な気持ちで対応するわけにはいかない課題、が目の前にある、そして、それは私たちにとっても他人事ではない、ということを思い知らされました。
そんなことを言いながら誠に不謹慎なことですが、盛岡近郊にはつなぎ温泉という、とてもいいお湯が出るところがあります。かつて源義家がそのお湯で愛馬の傷を治したとのことです。教養教育機構長というのは、日ごろから戦いの日々を重ねて満身創痍である、まずは傷を治して講演に望まなければ本当の力が発揮できないのである、などと言い訳をつけて、実は、前日そこに泊まってのんびり温泉につかっていました。おかげで傷も癒え、元気に講演できたのですが、「震災復興に関する学修」の話を聞き、最後に「...わからない」と答えた学生のことを聞いて、頭からバッサリ刀で切られたような思いがしました。
課題を見つけ、とりあえずその解決法を考えて終わり、というのでよいのだろうか。本当の課題はそう簡単に解決できないはずではないだろうか。むしろ、それを考え続けることこそ重要なのではないだろうか。私にとっても解けない課題を抱いて帰路につきました。この傷を治しにまたつなぎ温泉に行かなければならなくなりました。

三重大学 教養教育機構長
井口 靖
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