召し上がれ
教養教育の新しいカリキュラムでは「異文化理解」という授業を開いています。ドイツ語、フランス語、中国語、朝鮮語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語のいずれかの言語の基礎とその言語が使われる地域の文化、社会、歴史などを学びます。
言語と文化は密接に結びついています。たとえばriceに当たる日本語はありません。それは「米」だろうと言われるかもしれませんが、田んぼに育っているのは「稲」ですし、収穫されたものは「籾」、精米されてはじめて「米」になります。でも炊いてしまうと「めし」であり、「ごはん」です。レストランでは皿に盛られて「ライス」になります。逆に肉食の国では「牛」がさまざまな語で表現されます。言語が文化や生活と切り離せない例です。
ところで、ドイツ語では食事の前にお互いにGuten Appetit!(グーテン・アペティート)と言います。(フランス語にも同様の表現があるようです。)これは「いただきます」とは違います。直訳すると「よい食欲を!」です。日本語では今はあまり言わないかもしれませんが、「たくさん召し上がれ」ということでしょう。このあたりも文化の違いかもしれません。
このブログの第一回目とは矛盾するようなことを言いますが、大学では何でも食べてみよう、いや何でも学んでみようという貪欲な姿勢も大切です。メニューは多彩に用意しています。いろいろなものをたくさん召し上がってほしいと思っています。ただし、それはそのまま呑み込むのではなく、しっかり噛んで吸収してください。暴飲暴食はいけません。そのうち自分が本当に好きなものもわかってくるでしょう。
日常生活では間食はあまりお勧めできませんが、知識は大学の外でもどんどん吸収すべきです。授業でおなか一杯にしてしまって他のものを食べる余裕がなくならないようにお願いします。大学で最も重要なことは自ら学ぶことです。教養教育でも「自律的・能動的学修力の育成」を理念のひとつにしています。自分から進んで食べたものこそ栄養になります。そのようにしていろいろな栄養をとったら今度はそれをエネルギーにしてぜひとも活動(発信)へとつなげてほしいと思います。
というような話を書いていたら何かおいしいものが食べたくなりました。でも、私はメタボの警告が来ているので、少々ダイエットすることにします。
見る目
まずは写真をご覧ください。一瞬ギョッとしましたか。ウラシマソウというのだそうです。ヒゲのようなものが釣竿をイメージさせているようです。これに似ていてヒゲのないものはマムシグサと呼ばれていて、その名のとおり、林の中にニョキッと立っていると一瞬足がすくみます。
植物マニアでもない限りこんなものに興味は持たないでしょうし、そもそも目にしたこともないでしょう。私もン十年生きてきて、1年前初めてこれを見ました。でも、最近、あちこちで見かけるようになり、何度か通ったはずの場所にたくさんあるのを見つけました。この植物がだんだんその生育地域を拡大しているのでしょうか。まさか、そうではないでしょう。
散歩で見かけた植物の名前を知りたいと思って図鑑で調べるようになりました。図鑑をめくるうちに、へえこんな植物もあるのか、一度見てみたいと思ったりします。そんなことを繰り返しているうちに、突然、見たかった植物が目の前に現れるのです。いや、その植物はいつも私の近くにあったのでしょう。ただ、私にはそれが見えなかったのです。
私たちは周りのものがすべて「見えている」と思っています。「見えている」のかもしれないが、本当の意味で「見ている」のではないのかも しれない。ことばの上では「あるものが見える」に対して「(自分が)あるものを見る」です。つまり「見る」は主体的な行為なのです。植物のそれぞれの名前を知ることは「見る目」を持つことです。それにより、一面ただの「雑草」だったものが、ひとつひとつ別の草花として現れてきます。
ただのせまい道が歴史を知ると「街道」になる。ただの石が、土器のかけらであったり、化石であったりする。雑音だったものが音楽になる。外国語もそうかもしれません。単なる音の羅列が意味を持ってくる。より深く知ることにより、いろいろなことを見る目や聞く耳が生まれてくる。そして、それにより生活、人生が豊かになる。そう考えると、そのような目や耳をたくさんもつことが「教養」の始まりかもしれないと思うのです。
私は近ごろマムシグサたちを見かけるとちょっといとおしくなります。

三重大学 教養教育機構長
井口 靖
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