クリスマスの恒例行事にケンブリッジ大学キングズカレッジの聖歌隊による"A Festival of Nine Lessons and Carols"があります。クリスマスイブの15時から16時半までの間、キリストの生誕にまつわる新旧約聖書の箇所を朗読し、クリスマスキャロルを聖歌隊が演奏するというものですが、生中継で全世界に放送され、日本でもインターネット上のBBCラジオを通して聞くことができます。私がアメリカの東海岸にいた1980年代の後半、知り合いのアメリカ人家族が親戚家族も引き連れて、わざわざケンブリッジまで聴きに行っていました。クリスマスイブにキングズカレッジの前で並んでいると、アメリカの近所の知り合いに会うといったこともあったそうです。
さて、このクリスマスの行事ですが、1441年にヘンリー6世によって創立されたケンブリッジ大学キングズカレッジの歴史からするとそこまで古い行事ではなく、昨年のクリスマスイブで100周年を迎えました。とはいえ、100年もの間継続することができた背景には、関係者の弛み無い努力があっただろうことは容易に想像できます。昨年末の"A Festival of Nine Lessons and Carols"を最後に聖歌隊長の職を降りるスティーブン・クリアブリー氏は、慣れ親しんだクリスマスの讃美歌だけではなく、毎年様々な作曲家に新曲を依頼し、新しいものを常に取り入れています。ただし、新規性のあるものは、万人に受け入れられる訳ではありません。ある年のクリスマスイブに演奏した曲はあまりにも前衛的で、「こんな曲の作曲を依頼した者(クリアブリー氏のこと)は暗い部屋に閉じ込めてしまい、二度と外に出すな。」といったコメントが送られてきたそうです。
ただ単に同じことを繰り返すのではなく、新しい血を入れながら伝統を守っていくことの大切さは、どこの世界でも同じことでしょう。昨年4月の最初のブログ記事にも書きましたが、大学教育も同様で、いくら優れているからといって同じことの繰り返しでは、陳腐化していくのは目に見えています。守るべきこと、つまり大学教育にとって本質的なものは維持しつつも、常に新しいことを取り入れることにより、伝統を守ることが必要ではないかと考えます。
そこで問題となるのは、何をもって新規性とするかです。当然、何でもありではない筈です。上述のケンブリッジ大学キングズカレッジの聖歌隊が演奏する教会音楽、またクラシック音楽全般には、十分に価値があると認められる新規性の基準があリます。学問研究でも同様です。これまでの知見の蓄積に基づき妥当であるとみなされる新規性とは何かを探究することにより、学問の伝統が守られると同時に、新たな伝統が作られていきます。ところが、こと教育となると、途端に何が本質であるのかを見極めるのが難しくなります。何をどのように教える・学ぶと最大の効果が得られるのかというのは、数多くの要因が複雑に絡み合っており、容易に解を出せるものではありません。それだからこそ様々な立場から、意見が言いやすいということもあるでしょうか。そもそも何をもって教育の効果とするのかも様々な基準で揺れ動きます。
大学を取り巻く環境が目まぐるしく変化する中、何が大学の教養教育にとって本質的なものなのか、何を伝統として守るべきなのか、今一度確認し、新しいものを取り入れていこうと新年にあたって想いを新たにしました。
なお、ケンブリッジ大学キングズカレッジの聖歌隊長の職は、クリアブリー氏からニューヨーク5番街にある聖トマス教会のオルガニストに引き継がれます。101年目の"A Festival of Nine Lessons and Carols"を今から心待ちにして言います。
キングズカレッジの冬の光景
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