三重大学教養教育のPBLセミナーが本年度から大きく変わりました。ここでは改編の詳細は省きますが、新生PBLセミナーの公開発表会が前期の最終週に行われました。ちなみに、PBL (Problem/Project-Based Learning)とは、問題もしくは課題に基づく学びのことを指します。PBLセミナーでは、教員による講義だけではなく、学生が主体となって問題・課題に取り組みます。語学のように暗記することに重きを置いた教育でもないのに、"learning"を使うことに少なからず違和感があるのですが、既に定着している名称なので仕方がありません。例えば、"studying"、もしくは"research"とすべきだったでしょう。現在盛んに行われている大学レベルでのアクティブラーニングについても同様です。
7つのPBLセミナー公開発表会のうち、2つを参観しました。そのうち1つのグループの発表が特に印象に残り、PBLセミナーの意義についても考えさせられたので今回の記事にすることにしました。授業のテーマは健康食品で、そのグループは、健康に良いお茶の効能に関する実証研究に取り組んだようです。私自身、統計処理を含む理系の実験に基づく研究手法にはあまり明るくありませんが、それでも、問題設定や研究の過程については十分に理解することができました。つまり、とても良い発表でした。
1年生の前期の授業、しかも文理混合の学生グループによる研究ですので、色々と問題があるのは当然のことでしょう。公開発表会の参観に来ていた複数の教員から様々な質問や指摘がありました。感嘆させられたのは、それらに対する学生達の受け答えです。質問に対しては、自分達の理解している範囲で的確な答えを述べ、教員からの指摘に対しては、不備な点についてはそのことを認めた上で、自分達なりの見解を述べていました。つまり、先行研究を消化し、自分達の研究については問題点も含め十分に理解しているようでした。
さらに、PBLセミナーを通して何を学んだのかという問いに対しては、そもそもの前提や既存の研究を疑うことの重要性を身を以て体験したと述べていました。それに対して、ある理系の教員からは、通常、学部1年生を対象とした実験の授業では、再現性を確認するだけで、今回の研究のように自分達なりに先行研究や前提に対して問題意識を持って実験を行うことはない、といった好意的なコメントがありました。今回のPBLセミナーを通して、批判的に考えることの大切さと自分達の研究の限界と学問の奥深さを知ることができたのであれば、新生PBLセミナーとして十分な成果を挙げたように思いました。
さて、学生達の研究についてさらに考えてみました。当該分野に関する膨大な先行研究をカバーし、適切な研究手法を修得することにより、ようやくまともな研究ができます。その上で、試行錯誤しつつ徹底的に考え、アイデアが閃かないと、ブレークスルーなどあり得ません。もちろん三重大学のすべての学生が、その様な研究に従事するわけではありません。しかし大学が果たす主な役割がアカデミックな訓練である限り、たとえ大学での教育が学部4年間であったとしても、知の蓄積の一部でも理解し、己の限界を認識した上で、社会に出ることが肝要だと個人的には思います。そのことにより、社会に出てからも、単なる雑学的な知識と、アカデミアでの知の営みに基づく体系的な知識との違いが分かるでしょう。それは、市民として様々な場面で必要となる、批判的に物事を見る際の基盤ですし、成熟した社会での生涯学習のきっかけにもなるでしょう。
今回の学生達の研究は、言い方は悪いですが、失敗でした(ちなみに実際の研究は失敗の連続です)。しかし、先にも述べたように、自分達で課題設定をし、文献を徹底的に読み込み、何を明らかにし、何を明らかにできなかったのかを理解したのであれば、失敗を通して得たものは大きかったと思います。
後期も3つのPBLセミナーが開講されます。多くの学生達が受講してくれることを願っています。