三重大学 教養教育機構 機構長だより

シェフィールドにて④:puddingの文化

 英語も難敵でしたが、イギリスの文化もなかなか手ごわいものでした。そもそも私はイギリスの文化を何も知らないということを思い知らされました。

 イギリス人はpuddingが大好きみたいで、いたるところで出て来ます。英和辞典を引いてみると「小麦粉などに牛乳・砂糖・卵などを混ぜて焼いた[蒸した]温かい菓子」(『ジーニアス英和辞典』小学館)と書いてあります。夕食後友人が注文したbrandy and pistachio pudding(ブランディとピスタチオのプディング)というのはパンを蒸したのに甘いソースがかかっているようなものでしたが、別の日に食べたYorkshire pudding(ヨークシャ地方のプディング)というのはシュークリームの皮(のおばけ)みたいなものでした。それらはまだデザートだからわかるのですが、毎回朝食に出たroasted beans and black pudding(炒めた豆とブラックプディング)に至っては豆の姿しか見えません。black puddingというのはソーセージのようなものらしいのですが、何回探しても、そのかけらさえもありません。

 イギリス文学と言えば、私はディケンズの「クリスマス・キャロル」が大好きなのですが、その中でpuddingは森田草平訳(青空文庫、底本は1938年)では「肉饅頭」として出てきます。今ではChristmas puddingで検索すると写真や作り方が簡単に出てきますが、当時は相当苦労したのでしょう。

 クラチット夫人は這入って来た――真赧になって、が、得意気ににこにこ笑いながら
 ――火の点いた四半パイントの半分のブランディでぽっぽと燃え立っている、そして、
 その頂辺には聖降誕祭の柊を突き刺して飾り立てた、斑入りの砲弾のように、いかに
 も硬くかつしっかりした肉饅頭を持って這入って来た。

 正直これではあんまり食べる気がしません。私も長年外国語に携わって来たので、少しは異文化に理解があると思っていたのですが、私の知識の範囲は極めて限られたものだったことに気づきました。学生たちも3週間という短い期間なのでイギリス文化に触れるのもその一部でしかないと思いますが、自分たちとは異なった文化があり、世界は多様だと認識することが出発点だろうと思います。

 ホテルも3日目ともなると、言われそうなことが予測できるようになって朝食もスムーズに注文できるようになったのですが、最後までイギリスの味だけには慣れませんでした。スーパーでサンドイッチを買って食べたら、日本のコンビニのサンドイッチが妙に懐かしくなりました。ただ、学生たちのブログを見るとホストファミリーの食事はおいしいと書いてあります。

 毎朝出てくるroasted beans and black puddingですが、ウェイターに「黒いプリンってどこにあるの」とは最後まで聞けませんでした。

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井口 靖 

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