シェフィールドにて⑤:ストライキ、そして最後に
今回学生をシェフィールドの短期海外研修に送り出すに当たって少々心配がありました。それはイギリスの国立大学の教員がストライキに入るというニュースが入ってきたからです。
日本ではほとんど報道されていませんので、BBCのニュースを見てみました。オックスフォードやケンブリッジを含む50以上の大学でストライキを始めるとのことで、シェフィールド大学からの連絡でも、参加する教員がいると授業に影響があるだろうとのことでした。問題となっているのは年金の切り下げで、教員組合によると、平均的な教員で年間1万ポンド(約150万円)切り下げられるとのことです。日本と同様にイギリスも年金で大幅な赤字を抱えているようです。学生たちも高い授業料を払っているらしく、授業がなくなるのならその分返金せよと言っているそうです。
実際シェフィールド大学に行って見るとイギリスの学生たちはふつうに大学に出てきているように見えましたが、教員らしき人が数名立て看板の周りに集まっている姿も見受けられました。私たちの学生の研修先の英語教育センターでも休講になった授業がいくつかあったようです。休講になったクラスの学生からは不満の声も聞かれました。それはもっともなことですが、せっかくの機会ですから、なぜストライキになってしまったのか、それをイギリスの学生や市民がどう捉えているのか、など調べてみてもよかったかもしれません。それによってイギリスの経済事情や大学教員の制度や待遇を垣間見ることができたことでしょう。
ストライキの良し悪し、特に教員がストライキをすることについてはいろいろ問題があると思いますが、そのような動きがあまりに少ない日本はこれでいいのだろうかと思うことがあります。教員の待遇は置いておくとしても、大学が政府や文科省に言われるがままというのはどうなのでしょう。大学として国から少しでも多くお金をもらおうと思ったら国の方針に沿った事業をせざるを得ません。それは国民の税金ですから当たり前と言えば当たり前のことですが、本当にそれが国民のためになるかどうかは本来行政ではなく、大学が考えるべきことではないでしょうか。それこそが大学の使命ではないでしょうか。
私はこの14年間大学の管理職とされる立場にありました。ただ、あまり管理職らしくなく、大学や学長の方針に逆らうことを言ったり、したりしてきました。それができたのは民間の管理職とは異なり、私のような部局長はその部局の教員から選ばれるからです。でも実はこれはなかなか難しい立場で、大学の運営も考えながら、部局も守らなければなりません。常にジレンマです。それは大学にとっても同じで、国の方針に逆らってお金がもらえないとするとそのしわ寄せは大学の教員や学生にやってきます。でもお金だけの問題ではないはずです。
これをもって3年間の「機構長だより」を終えることにします。「『機構長だより』読んでます!」とこれまで支えてくださった方々に心よりお礼申し上げます。ここで私たちの教養教育を紹介することは、私の戦いのひとつでした。現在はすぐ具体的成果を求められます。しかし、教育の成果というのはすぐに出てくるものではありません。特に教養教育となると、学生が社会に出て、それも何年かたって出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない、そんなものです。でも私たちは今やっている教養教育に絶対的な自信を持っています。そして、全力でそれに取り組んでいます。ただそんな私たちの努力さえ疎ましく思われることもあるようです。ひとりでも多くの学内外の方に私たちのカリキュラムと努力を理解していただくため、とにかく読んでいただける「機構長だより」を目指しました。管理職を離れたことでもあるし、今回ちょっとだけその本音を出してしまいました。最後まで読んでいただきありがとうございました。
きっとストライキを決めたイギリスの教員たちも苦渋の決断であったろうと思います。なにしろイギリスはピューリタン革命や名誉革命などを通して、市民が自らの手で民主主義を勝ち取った国です。そう簡単にお上の言いなりにはならないのでしょう。学生を巻き込んだストライキの良し悪しは別にしても、その反骨精神は羨ましくもあります。そのようなことも学ぶ教養教育であってほしいと願っています。
三重大学 教養教育機構長
井口 靖
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