三重大学 教養教育機構 機構長だより
2016年11月 記事一覧

越えられない壁

27年前の1989119日は東西ベルリンを隔てていた壁が開放された日です。

三重大学の教養教育では、グローバル化に対応できる人材の育成をめざして、「異文化理解」という科目が必修になっています。これは外国語を学びながら、その地域の文化や社会、歴史を理解することを目標としています。私の授業では、毎週ドイツの映画を見てドイツの生活や文化を知ってもらうようにしています。今年の後期、少し悩んだのですが、Good Bye Lenin!という映画を見ることにしました。ベルリンの壁が崩壊し、東ドイツが消滅していく過程をある家族の生活を通して描きます。コメディタッチなので十分楽しめるはずとは思ったのですが、1年生が、しかも理系の学生が興味をもってくれるかどうかちょっと心配でした。

Die Todesopfer an der Berliner Mauer 1961-1989(Ch. Links Verlag,2009)という本があります。これにはベルリンの壁を越えようとして亡くなった136名の人生とそうせざるをえなかった事情が詳しく記録されています。先日の授業ではこの中から2名について紹介をしました。ひとりはGünter Litfinという最初に壁で射殺された男性です。ベルリンの壁が作られたのが1961813日で亡くなったのが24日です。24歳でした。このあと28年間ベルリンの真ん中に壁が存在し続けます。もうひとりは、Chris Gueffroyという男性で、19892月に壁を越えようとして射殺されました。20歳でした。壁が崩壊する9か月前で、やり切れない思いがしますが、当時はだれひとり壁の崩壊など予想していませんでした。

本人たちの写真を見せながら、彼らがなぜ壁を越えようとしたのかを紹介すると、学生たちは真剣なまなざしで聞いてくれました。私たちの近くにはいまだに似たような状況の国が存在しています。壁の中に閉じ込められた人々の心情を思うと同時に、自分たちの今の自由を守るためにはどうすべきかを考えてくれればと思うのです。

なお、ベルリンの壁を壊したのは軍隊ではありません。市民の自由を求める声を政府が抑えきれなくなった結果、ひとりの犠牲者も出さずに壁は崩壊しました。現在、残された壁の一部に絵が描かれ、屋外ギャラリーになっているところがあります。最も有名な絵のひとつにBirgit Kinderという女性が描いたものがあります。それは、東ドイツのTrabantという大衆車が壁をつきやぶっている絵です(写真)。Trabantというのは段ボールでできていると揶揄されたほど頼りないボディの車ですが(実際はプラスチックの一種だそうです)、無傷で壁をつきやぶっています。それがドイツ人の誇りなのだろうと思います。ドイツはこれにより到底乗り越えられそうになかった歴史的に大きな壁を乗り越えたのです。

人生に壁はつきものですが、決して若者にこんな壁を乗り越えさせてはならないのです。

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三重大学 教養教育機構長
井口 靖 

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