ある心理学の研究によると、「退屈」にしている時、我々の脳は何らかの刺激を求め探しているのだそうです。脳がこのような状態の時に、新しいアイデアを思いついたりするようです。よく風呂に入っている時や散歩中に閃いたとか聞きますが、そのような時間も「退屈」な時に含めることができるのかもしれません。
5月23、24日の2日間、大分市で国立大学教養教育実施組織会議が開催されました。2日目の全体会議の中で教養教育カリキュラムの評価について報告しました。そのことについてはまた機会を見つけて記事にしようと思いますが、今回は標題の「退屈」について書くことにします。
会議が開催された会場のホテルから道を挟んだ北側に、大分県立美術館が建っています。正面玄関横には、美術館の英語の略称OPAMの大きなオブジェが置かれていたり、どことなく海外の現代美術館風です。ガラスが多用されているにもかかわらず、大分の地元の木材も使われており、温かみのある建物です。
会議の初日、大分に着いて会議が始まるまでの2時間程、展示作品を鑑賞しました。ちょうど、大分県日田市出身の岩澤重夫の没後10年の特別展示をしていました。岩澤重夫の自然を描いた作品の中でも、特に大分の自然を描いた作品には、特別な思いが込められているようで、山の名前は失念しましたが、大分のある山を描いた絵の前でしばらく立ち止まっていました。絵画の専門家であれば作品の批評やらで頭がいっぱいになり、物思いにふけることなどできないのでしょうが、ど素人の私は、絵の世界に引き込まれ、それこそ何らかの刺激を求め探すことができます。
その前で数分立ち止まっていたかもしれません。特に何か新しいアイデアが浮かんだという訳ではありませんが、とても有意義な「退屈」な時間が過ごせたような気がしました。
教養教育院長室には、前教養教育機構長の知り合いの方からいただいた絵をかけています。ギリシャのミコノス島の住宅街の路地を描いた絵です。ミコノス島は行ったことがありませんが、この絵をじっと眺めていると、これまで訪ねたことがあるギリシャの街の匂いや、地中海の潮の香りがしてくるようです。お腹が空いた時には、ギリシャ料理の匂いまでしてきます。院長室のドアが開いている時に、是非お越しください。お茶はお出しすることはできませんが、しばらく椅子に座って物思いにふけっていただいても一向に構いません。「退屈」な時を過ごしていただければと思います。もしかすると何か良いアイデアが浮かぶかも。
ボーッとしてアイデアが浮かぶのは、それまでに何かについて徹底的に検討しているからです。絡み合っている様々なものの中から新しいものが見えてくるのかもしれません。
大分県立美術館で新しいアイデアが閃くことはなかったと書きましたが、よく考えてみるとこの記事のネタになったので、あの絵の前での数分間の「退屈」な時間にはそれなりに意味があったようです。やはり「退屈」はいいことのようです。